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アマノジャクはこう考える

隼人文化研究会にて

 講座の後、隼人文化研究会にも参加してきました。L中の永山先生が事務局で五味克夫さんや中村明蔵さんら鹿児島を代表する歴史家の集まる会です。私も「こっそり」参加しました。この日の学習は「長門『平家物語』」の史料分析に関するものでした。筋としては単純で文章中にある「俊寛のたどった航路の記述は地理的位置から行くと不自然だが、これをどう読むか」ということでした。具体的に言うと、坊津と知覧の港の間に「鹿児島」と書かれてあり、「なぜ坊津からいっきに鹿児島でその後知覧なのか」ということです。報告者の江平さんは「鹿児島は今の鹿児島ではなく枕崎の鹿籠(かご)のことではないか」という問題提起でした。あれこれ史料を使って傍証していました。「なるほど」と思いましたが、永山先生が「長門平家物語にはけっこう間違いもあるので、単なる並べ間違えじゃないのか」という意見を聞いて「そうかもなあ」なんて思ったりもしました。それだけの流れに1時間以上かかりました。が、その流れに付随するいろいろな発言が面白かったですね。博覧強記の歴史家たちの面目躍如といった感じでした。「耳学問」に最適な場所と思えました。
 会の始まる前に、私の前に座っていた70くらいの方が「私はフィクションの世界の人間ですが・・」と声をかけてきました。私が講座で質問した熊野信仰に興味があったようで、「場所からいって都あたりから来て船で漂着した者がそこで始めたんじゃないかなあ」とのことでした。種子島は地理・地形上「漂着銀座」(鉄砲伝来もそう)なのでそれもありうるかなと考えたりしました。まあ、法華宗にしても熊野信仰にしても種子島氏が積極的に広めたのですが・・そういえば、講座には「私、種子島氏なんですが・・」という女性がいて会の中でいろいろ教えてくれました。
 新しい出会いもあった「歴史学習」でした。
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by yksayyys | 2009-01-11 10:41 | 社会 | Comments(0)