学校教育研究大会

 昨日、行政主催の研究会に参加してきました。市内の研修主任の集まりです。事前に資料が配付され質問事項も事前に集めるという念の入った準備ぶりでした。私は、ズバリ批判的な質問をしました。教頭から「もっと柔らかい表現になりませんか」と訂正を要求(指導)されましたが、拒否しました。そして、昨日が本番でした。会場をいくつかのブロックに分けてのテレビ会議システムによる会でした。ただ、私に言わせれば「この程度の人数ならテレビ会議などせずに一カ所に集めた方が早い」と思いました。要するに最初に「テレビ会議ありき」の会だったと思います。さて、私が批判したのは全体発表をしたM小のとりくみでした。タイトルは「21世紀版郷中教育の実践」でした。もうわかりますね。私がこのブログ上で批判してきたあの郷中教育です。事前の質問にはこう書きました。「郷中教育は、歴史学の中ではその実態も評価も明らかではない。そういうものを公教育のテーマに掲げることに疑問を感じる。」事前の質問をまとめたプリントにもそれが書かれてありました。批判意見は私がひとりだけでした。何十人も集まっているのに・・・「よし、テレビ会議で批判してやろう」と思っていたら、もう質問者は教育委員会が決めてありました。「そうか、そのために事前に質問を出させたのか」と妙に納得しました。つまらないやりとりのあと、テレビ会議が終わり会場毎の研究討議にうつりました。ここぞとばかりに私は挙手をして意見を言いました。「話に水をさすようですが、私は郷中教育を公教育に取り入れることに疑問を感じます。郷中教育については研究者のほとんどはその実態も明らかではなく歴史も浅いと言っています。決して薩摩の伝統的な教育と言えるものではありません。仮に実態があったとしてもこれは薩摩藩による武士の教育です。人口にすれば26%にすぎない武士のための教育です。残りの74%の庶民に対して薩摩藩は全くと言っていいほど教育を施すことはありませんでした。また、明治の偉人と呼ばれた人が決して薩摩の教育を評価していなかったことは様々な資料から明らかです。以上!」会場は凍り付きました。が、もちろん答弁などなく流されました。「まあ、答えられる者などいない!」と諦めてそれ意外の意見もいっぱい言いました。が、最後の指導主事の指導助言の中で突然私の意見に触れました。「先ほどの○○先生の意見ですが、歴史的にいろいろな評価があるのは事実であり、郷中教育の内容についていろいろ意見があるのは○○先生の仰る通りです。」問題はこの後です。みなさん、よーく覚えていてくださいね。この後指導主事が何と言ったか。「しかし、この郷中教育の推進は市長、県知事が決めたことなんです。市民の代表が決めたことなんです。私たちにはどうすることもできません。」
 いやあ、笑いましたね。昨晩のニュースで小泉も似たような表情で笑っていました。「お上の言うことには何でも従う」という「無責任の体系」と「「下のものには力づくで押しつける」という「抑圧の移譲」という丸山真男が指摘した「大日本帝国の心理構造」がまさにいきいきと表現されていました。ただ、この指導主事正直なんでしょうね。私の意見を無視してはいけないと思ったのだと思います。「こういう批判的な意見も大事にしながら・・」としめくくっていました。
 あとM小は、市が作成した資料を使って「西郷隆盛の幼少のできごとを扱った道徳教育」や島津忠良(日新公)の「いろはかるた大会」などもやっていました。「何でもあり」のようでした。しかし、全体討議で思ったことは「どこでもやっている」という危機感でした。会が終わってから私は出席者の顔を見て思いました。「この人達、何も不思議に思わないんだろうなあ」・・・・
 鹿児島の教育は「薩摩藩の教育」になっていくようです。もうすぐ「私学校」となり西南戦争でも起こすのかもしれません。そして「国賊」とされてチャンチャンなんてことにならなければいいのですが(笑)
[PR]
Commented by ska37o at 2009-02-13 19:08
異年齢集団=郷中教育と安易にネーミングしているようです。
今度,その指導主事の名前を教えてくださいね。M小も!
Commented at 2009-02-17 10:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by yksayyys | 2009-02-13 04:28 | 社会 | Comments(2)