原稿その2

1 歴史学と歴史教育の関係
(1)安井俊夫・土井正興「スパルタクス論争」から
 歴史研究者と歴史教育者の論争として有名なのがこの安井、土井両氏による「スパルタクス論争」である。1980年代『歴史学研究』誌上で展開されたこの論争は、当時『子どもが動く社会科』などで「子どもが主体的に歴史を追究する授業 」を展開していた千葉県の中学教師安井俊夫氏の「スパルタクスの蜂起」の授業実践報告に対して歴史学者土井正興氏が歴史研究の立場から批判をしたものであった。なお、土井はスパルタクス研究の世界的第一人者であり、安井は土井の一連の研究を実践化したということは間違いのない事実である。安井は歴史的経過を辿るなかで子ども達に「当時の状況に子ども達を立たせ、判断を迫る」場面を設定していた。「蜂起しローマを脱出した奴隷たちはこの後、ローマに進撃して戦闘を挑み仲間を解放する道を選ぶべきか?あるいは故郷に帰り自由を獲得する道を選ぶべきか?」安井の授業においては、多数の生徒が「150万の仲間を助けるためにローマに進軍すべき」と答える。それに対し、土井は「子ども達の判断はローマ帝国の実態を理解できていない。強大なローマ軍に勝てるはずがない。そのような主観的願望で歴史を教えていいのか。」と批判する。ローマ帝国や奴隷制度が歴史の中で構造的に把握できていればそういう判断をするはずがないということである。この論争は後に「歴史研究と歴史教育の一致」か「歴史教育の歴史研究に対する独自性か」という争点に焦点化されて他の歴史研究者・歴史教育者を交えて論争が展開された。この「論争」の背景には以前からあった「系統的学習か問題解決的学習か」という対立軸も作用し歴史教育の側でも意見が分かれるところであった。筆者は学生時代歴史を専攻したこともあり、当初は土井の見解に与していたが、教師生活を重ねる中で次第に安井に共感し傾倒していったと言える。筆者にとっての安井の殺し文句は「子ども自身の歴史像の形成」と「子ども自らの追究」であった。「教え込みよりは主体的に学ぶ方がいいに決まっている。」それが正直な感想であった。ただし、安井が本拠として活動していた歴史教育者協議会の「日本近現代」分科会においては安井は常に「少数派」であったと言われている。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:45 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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