原稿その6

2 社会科研究と社会科教育
(1)学会への参加から
 「歴史研究と歴史教育の関係」と比較すると「社会科研究と社会科教育」はより密接な関係にあると考えられる。「歴史」の領域からすると「社会科」の領域は学校教育における教科教育の一分野であり双方の重なりは大きい。いやピタリと一致すべきだとも考えられる。しかし、現実として「社会科研究という領域でどのような研究がなされどのような現状にあるか」を把握している社会科教師はきわめて少ない。筆者は2001年から翌年にかけて昼夜開講の大学院に通う機会があり、その間いくつかの学会に参加し、社会科研究およびその研究者の方々に接することができた。参加した学会は、日本社会科教育学会(日社学)、全国社会科教育学会(全社学)、九州教育学会、日本教育学会であったが、社会科の名のつく日社学、全社学が代表的な社会科学会と言える。あと、公民教育学会、地理教育学会なども社会科関係の学会である。これらの学会でこれまで何回か発表をさせてもらったが、教師どうしの研究会とは報告スタイル、質疑内容にかなり違いがあると思われる。まず、報告の冒頭にどうしても必要なのが「問題の所在」である。言い換えるなら「この研究の意義は何か。社会科の研究の進展にどのような形で貢献できるのか。」ということである。「意義の認められない研究は報告に値しない」と言われているように感じることもある。あと「先行研究の紹介」を必ずしないといけない。が、これをすることで「私の研究は先行研究とこういうつながりがあり、こういう意義があるのです。」と論証することにもつながる。質疑は細かい部分よりは大きな見地から聞かれることが多い。筆者が「ハンセン病問題のカリキュラム開発」で報告した時も「この実践は社会科と総合的な学習の時間のどちらがふさわしいと考えますか?」と聞かれた。おそらく「社会科学習の歴史的な流れをふまえてその実践の有効性を説明せよ。」と聞いているのと同じである。ただ、そういう理論的な部分では研究者にはかなわないが、現場の教師には「現場の強み」がある。子どもの感想やコメント、実践記録をふまえて実証することができる。というか「そこしかない。」そして、反省点を次への課題として実践を練り直して「継続した研究」につなげていくことが大切であると思われる。しかし、報告の中には首を傾げたくなるものもある。それは研究者の報告であっても一緒である。「そもそもその研究に何の意義があるのか」と思うことがある半面、研究者が作り上げた緻密な指導案を見ながら「子ども達はこの授業を受けてちっとも面白くないだろうな」と思うこともある。社会科研究者の大半は現場経験がある。が、大半は大学院から数年間の現場経験を経て研究者になった方が多いので、われわれのような現場経験の長いものが「子どもの現状に即して意見を言う」ことで「研究の質」の高まりに貢献できるのではないかと思われる。そういう意味で多くの教師に学会に参加してもらいたいと考える。得るものはきわめて大きいと確信する。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:55 | 社会 | Comments(0)