原稿その7

(2)社会科の歴史に学ぶ
 以前、中社研の研究論文集に「甑島を学ぶ」という総合学習の実践を掲載した時に知り合いから「初期社会科のコア・カリキュラムを思わせる実践だ。」と言われたことがある。「社会科の歴史」など知らない私は何のことなのかさっぱりわからなかった。が、社会科研究に関わる中で「社会科の歴史」を知るようになり、自分の実践プランがそのコア・カリキュラムによく似たプランであることに気がついた。そして、それに文化活動が付け加わることで1974年に発表された海老原治善氏の「総合学習構想」により近いということもわかった。別に「○○プランに近い」ということに大きな意味があるわけではない。肝腎なのは、自分の実践したことが「社会科の歴史」のどういう部分と重なり、どういう部分にずれがあるかがわかることである。では、あの「甑島を学ぶ」とコア・カリキュラムでは何が違うのか。それは明白である。「知識と体験の総合」は図られているが、それはすべて教師が準備したものであり、子ども自身が仮説をたて調べ学習を行ったのは事実であるが「主体的に活動した」とは言い難いものであった。文化祭の劇にしても素材、脚本、演出はすべて教師。実践そのものと同様、子ども達は「脚本・演出のもとで出演していたにすぎない」と言えなくもなかった。しかし、そうやって「社会科の歴史」を知ることで自分の実践を分析しその課題を引き出すことができるということはなかなか貴重な作業ではないかと考える。
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by yksayyys | 2009-02-26 22:58 | 社会 | Comments(0)