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アマノジャクはこう考える

司馬遼太郎の朝鮮観

 東京の友人からひとつの論文を紹介してもらった。著者は中塚明。奈良女子大学に長く勤めた近代史研究者である。タイトルは「歴史研究・歴史教育における朝鮮認識~司馬遼太郎の朝鮮観批判を通して~」で民科京都支部歴史部会の機関誌「新しい歴史学のために」1981年8月号に掲載されたものである。その頃の朝鮮半島の情勢はというと、いわゆる「金大中事件」が政治決着されようとしている頃で、韓国は軍事独裁政権が民主化運動を抑圧している頃です。この司馬の文章にはいわゆる「司馬史観」の問題点が凝縮されているような気がした。ひとつは、「明治国家の称揚」です。特に「明治官吏の清潔さ」という言葉で明治の指導者層を手放しで褒めちぎっている。そして日露戦争は「自衛戦争の要素が濃いでしょう」と書いている。ただ、ここが司馬の巧妙なところですが、朝鮮支配については「日帝支配の暴虐」という言葉で批判しながらも「その期間はたかだか30余年間であるにすぎない」と「たいしたことはない」と言わんばかりの文章です。そして、その言葉を引き取りながら司馬の朝鮮観が披露されます。「李朝500年が、朝鮮の生産力と朝鮮人の心を停滞せしめた方がはるかに深刻なように思う」!中塚氏は司馬の主張を3つにまとめると次のようになるという。①朝鮮民族は自主性、自立性、内在的自己発展・自己変革の能力をまったく欠いている。②朝鮮の停滞=近代的自立ができないことについて、それは李朝500年の儒教文明のせいであって、日本の朝鮮侵略とは本質的には関係がない。③それにひきかえ日本の近代的発展の自発的能力はすばらしい。どれもこれも最近の「嫌韓」本の主張に通じるところがある。いや「嫌中」本にも通じるように思える。実は、これとほぼ同じ主張を2年前、同じ組合の社会科教師から聞いたことがある。我が耳を疑ったが、「あの国は外圧でなければ動かないどうしようもない国だ」と言っていた。もちろん、仲間達と反論したが、彼は引き下がらなかった。時期的に「つくる会」の影響であろうが彼らの考えは「司馬史観」であるから根っこをたどればこの司馬の主張が源泉であろう。安川寿之輔(名大名誉教授)が「福沢諭吉のアジア認識」(高文研)という本の中で福沢に対して指摘していたことも同様の問題意識であろうと考える。私は、学生時代の一時期「吉野作造の朝鮮・中国観」を調べていたことがあるが、吉野は前期では明らかに「帝国主義者」であったが、後期は朝鮮人たちとの交流により明らかにその主張が変化してきていた。マルクス主義の流行の中で急速に影響力を失った思想家であるが、私はいまだに「良心的な思想家」であったと思っている。「国民的知識人と呼ばれる人物の朝鮮・中国観からこの国の朝鮮・中国観をさぐる」ことは大切な視点だと思う。 貴重な文章を送ってくれたMに感謝したい。
(最初の文章を訂正して書いています。気づくかな!)

 先ほどメールあり。娘は「インフルエンザB型」との診断!ああ、大変だ!
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by yksayyys | 2009-03-08 10:12 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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