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アマノジャクはこう考える

「山県有朋」から(3)教育勅語の黒幕

 これまで私の常識の中にあった「教育勅語」をめぐる人物像がこの本の中で覆されました。これまでは、「伊藤らの近代化路線とくに擬似立憲君主制に反発した宮中の保守派特に元田永孚が皇国史観の徹底を図って作らせたもの」というのが定説だったように思います。海後宗臣や稲田正次の研究からそうみられています。が、この本で伊藤は「元田の影響力を過大視しすぎ」とその説を否定します。1890年の地方官会議で地方長官から「西洋崇拝が行きすぎるので教育の道徳的方針をまとめてほしい」と要求があり、それに共感した明治天皇が、文部大臣に作成を命じたもののようです。これに「軍人勅諭」作成にかかわった山県有朋がからみ作られたようです。山県と腹心の文部大臣芳川顕正が「仁義忠孝」という儒教の価値を基本とすることを決め、文部省案(中村正直作)と井上毅案の2つができあがり、井上案が採用されたとのこと。それを先ほどの元田が修正を重ねたようです。この時元田が削ったのが「国憲を重んじ国法に遵い」という立憲制に関わる部分だったようです。保守派らしい動きですね。結局、作らせたのは地方官同様に「西洋崇拝のいきすぎ」を快く思っていなかった明治天皇のようです。さしずめ山県が「黒幕」でしょうか。でも、元田が削った一文の意味も大きいと思いますね。その後の歴史を考えれば・・・・・・・
( この本、ところどころに学説整理がしてあるので助かります。)
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by yksayyys | 2009-03-11 09:08 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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