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アマノジャクはこう考える

密!?貿易

 学校近辺の地域の歴史を調べていくと、薩摩藩がいかに大っぴらに外国との貿易を行っていたかがわかります。道路を歩くと古い蔵のある家が多いのに気づきます。相当な経済力だったことを示しています。また、この地には代々「中国との通訳」を任されていた家もあります。鮫島家と言いますが、この家からは島津の命で世界地図を作ったものもいますし、明治には外交官になった者もいます。「目は世界に向けられていた」ということですかね。また、中国人の居留地であったことを示す地名もあります。この地名については中学生たちも知っていました。江戸時代は、鹿児島第二の港だったそうですから、「大した密貿易」だと思います。ただ、この地は特に中世以来ずっと「交易の拠点」だったことがはっきりしています。「海」が主役だった時代には、この地が拠点になるのは当然だと思います。そして、鉄道、自動車に交通の主役が移るにつれて地域の拠点から外れていくのも当然なんだろうと思います。このあたりは、地理の授業でも触れました。「交通手段の変化により替わる地域の拠点」という風に!
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by yksayyys | 2009-04-18 16:53 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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