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アマノジャクはこう考える

太郎太郎祭り

日曜日に串木野市の羽島崎神社の「太郎太郎祭」を見に行く。5歳の男の子のお祝いをする行事とのこと。今まで聞いたことのない行事だったが、到着してびっくり。すごい人だかり。田舎の漁村にもかかわらず、500人はいたであろうか。各新聞社もずらり。明日の朝刊に載るのであろう。まずは、神事。社の中でお払い、玉串奉奠が行われる。国会議員もわざわざ来ている。肝腎の子ども達は、羽織袴を着せられ、親に抱かれて神事を見守っている。退屈であろうに・・
 大勢の観客は、神事の間ずっと広場で待っている。外での催しがメインなのであろう。
 長い神事が終了し、放送がある。五穀豊穣と大漁を祈る儀式でもあるこの行事は「漁のお祭り」と「田の祭り」の2部構成になっているらしい。まずは、親に抱かれた子どもたちが、帆掛け船を持って、広場を行進する。帆掛け船には小さな米袋が次々に入れられていく。その後ろに「漁師」と見られる集団が2列渋滞で並んで歩いている。子どもたちが退場した後、漁師の集団が「舟唄」を歌い出す。掛け合いになっており、前3列と後ろ7列が交互に、あるいは重なり合いながら歌う。長い長い、30分以上は優にあった。よくぞ、こんなに長い唄を覚えたものだ。妻の解説によると、この唄の歌詞は歌う本人たち以外には誰にも教えてはならない決まりになっているそうだ。町外れのこの漁村では、そうやって村人の団結を図ったのだろう。隊列の近くで「保存会長」らしき人が地面を見つめながら腕組みして立っている。歌詞に間違いがないか確かめているようである。終了は、その長老の拍手でわかった。隊列の終了後、農民らしき格好の2人が広場に飛び出す。何やら漫才みたいなことをやりだす。場内はわっと笑いに包まれる。厳粛な「船唄」のあとの「お笑い」。能と狂言のような取り合わせである。私たち親子の後ろでは、牛の格好をしたおじいちゃんが出番を待っている。会場に歩いて来る間に、「牛が場内を一周する」と言っていたが、この事だったのかと合点がいく。ところが、この牛を見てうちの娘が突然ガクガク手をふるわせる「こわいよお。」私が「お面をかぶったおじいちゃんだよ。」と言っても変わらず震えている。その牛が、一人の農民に連れられて場内にはいると、娘は一気に泣き出す。場内が「大笑い」なのとは対照的。やむなく退散。屋台のだんご、とうもろこし、わたあめを買って車の中で食べる。娘に「何が怖かった」と聞くと「黒いのが怖かった」という。色で怖がるのか。ちょっと複雑・・・・・・ほどなく会場から大量の人の流れ。牛の登場で終了だったようである。夜は子ども達の家庭それぞれでお祝いの宴だそうである。小さい集落の割には「5歳の男の子だけで優に15人以上はいる。妻にその理由を聞いたところ、東京や大阪に行っている人たちもすべて集落出身者は呼び寄せるらしい。一人一人の名前を書いた幟が神社の入り口から並んでいたが、子どもを持つ親も大変である。焼酎の臭いのたちこめる集落を後に帰宅する。なかなか面白い「お祭り」であった。が、準備やそれにかける時間やお金を考えた時、住んでいる地域にそういう行事がなくてよかったとホッとする。・・・そういう気持ちが伝統行事を廃れさせていくんでしょうけど・・・・
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Commented by shin-pukupuku at 2006-03-06 22:42
羽島には伝統的な祭りがやはり残っているんだなという印象でした。歌詞の件とか,なかなかおもしろいですね。民俗学的には興味惹かれるものなのでしょうね。
by yksayyys | 2006-03-06 05:08 | 社会 | Comments(1)