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アマノジャクはこう考える

教育基本法が出来た頃

 組合の教育研究集会で基調報告をするために「教育基本法の成立過程」を調べたことがある。教育関連学会の合同シンポジウムや堀尾輝久の著書など4,5冊の本を読んだが、その中で印象に残った内容を4つ紹介したい。

「なぜ、制定されたのか」
 理由は明快であった。「教育勅語の復活を防ぐため」!私は最初「良い内容であっても、心に関わる内容の法律がどうして戦後に必要だったのか?」と思っていた。何かと「お節介な法令」が多い教育分野だけに余計にそういう思いがあった。が、成立の委員会論議の中の次のセリフを読んで納得がいった。「日本人は何だかんだ言っても、きっとすぐに教育勅語を懐かしんで復活させようとするに違いない。そうならないためにも、その歯止めとしてこの法律が必要なんです。」・・・・・まさに今がそうである。昨年、私は県の教科書選定審議委員の仕事をした。「極秘」の任務ですべてが「秘密裡」に実施されたが、委員の中に川辺町の教育長がいた。そう、川辺町は町の文集に教育勅語を載せた町。なぜ、彼が「地方教育行政の代表」として選ばれたのか?何かしらの意図を感じざるをえない。
「押しつけか?」
 憲法が「アメリカに押しつけられた」と常に批判にさらされるのに対し、教育基本法はどうであったか。制定委員長であった南原繁は言う。「この法律は純粋に日本人だけの手で作られたと言ってもいいと思う。実際、GHQの関与はほとんどなかった。」憲法が出来た後とはいえ、純国産である意味は大きい。「ほとんどなかった」という中で唯一介入があったのは、「男女共学」の項目であった。ここだけはGHQの意見が介在した。介在した人物は、憲法の男女平等で登場したベアテ、ゴードン、シロタ女史であった。
「議論の中心」
 もっとも議論が伯仲したのは「教育の目的を何に置くか」であった。意見がわかれたのは、「人格の完成」に置くか「人間性の開発」におくかであったが、「より道徳的な香りがしない」ということで「人格の完成」に決まったそうである。しかし、私はどう考えても「人格の完成」の方が道徳的な気がする。「人間性の開発」の方が多様性を含めて良かったような気がする。おそらく、委員の中に「オールドリベラリスト」「人格教養主義」と言われた人物が多かったことがその理由だと思われる。

 上記の内容をメインにしたこの基調報告、自分としては「いい出来」だと思ったが聞いている人たちはどうだったかなあ。
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Commented by shin-pukupuku at 2006-03-09 22:14
なかなかおもしろいと思いますよ。教育基本法が押しつけられたものではないということを感じさせるものだし,知らないことが多いので,なかなか楽しいでしたよ。それにしても県の選定委員に選ばれていたとはびっくり。貴重な体験をしましたね。私は選ばれたことは一回もないのに・・。
by yksayyys | 2006-03-09 01:02 | 社会 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・