モノを言うということ

 「言ってもどうにもならない」という言葉をこれまで何百回も聞いた。同じ労組の仲間からも繰り返し聞かされた。しかし、私は「モノを言う」ことを実践してきた。このことだけは褒めてもいいかなと最近思うようになった。「言うほどの人間か」という批判はあるしその言葉は謙虚に受けとめたいと思う。しかし、だからと言って「言わない」という選択肢を私は選ばなかった。結論から言うと「言うこと」で改善できたことが山のようにあった。言わなかったらその果実を得ることはなかった。昨日の職員会議でも私は執拗に意見を言った。最近は「技」は使わない。理屈と勢いで「押して押して押しまくる」のである。そのせいでひとつは成果をもぎとった。管理職は提案を撤回した。「理屈で勝った」私はそう思った。前任校でも多くの困難はあったが、「言う」ことで勝ち得たことは多かったと思う。そのことで離れていく人間もたくさんいた。今でもそれは変わらないと思う。共感を呼ぶには私は「ストレートすぎる」し「辛辣すぎる」ようである。でも、この年までくると「このままでいこう」と思うようになってきた。離れていく人はそれでいい。それだけのつきあいだったにすぎない。それでもつきあってくれる人とつきあえばいい。私はこれからも「もの言う」人でありたい。そして、何かをつかみたい。それが私の「民主主義」だ。昨日の会議の後、そんなことを考えた。
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Commented by ska37o at 2009-07-08 13:34
物をいわないと合意したとみなされることが,一番腹が立つので!
by yksayyys | 2009-07-07 22:57 | 社会 | Comments(1)