ブログトップ

アマノジャクはこう考える

苦境を楽しむ余裕

 いわゆるネットサーフィンをしていたところ、なかなかいい言葉に出会いました。私もよく知っている体育同志会、性教協の実践家M先生のある会の中の挨拶の言葉でした。「子ども達に裏切られることを楽しむ余裕が必要なのではないか。」!全く同感ですね。優れた実践をする人はみんな「失敗」の先にいろんな対処法を想定して「こうしたらこうなるだろう」という見通しを持って行動します。私みたいな未熟者は「いい歳をしてどうしてこうもうまくいかないんだろう」と悲嘆にくれるばかりです。15年くらい前に組合の執行委員会で当時有名だった二人の先輩教師が大げんかをしました。「いじめ」が社会問題化している時でした。ひとりの先生は「こういう時こそ実践が試されるチャンスだ。私は状況を悲観しすぎるのは良くないと思う。」とにこやかに言われた。それにある先生が「こんな時に不謹慎だ。もっと真剣に考えろ。」と怒鳴り返した。私は、その時「どちらも正しい」と思った。「いじめによる自死」という事態に真摯に向きあいながらも「見通しある豊かな実践が必要とされる」こともよく理解できたからである。教育は人間的な営みであり、その人の「人格」が大きな影響力を持つことは事実であるが、一方で「科学」として長い間研究の蓄積がされてきたことも事実である。そういう蓄積のある人が人間的豊かさを獲得できるのではないかとも思える。冒頭に紹介したMさんもそういう人である。あの目尻の下がったにこやかな表情には「たしかな実践」と「研究の蓄積」の裏付けがあると思うからである。・・・・・そんな人に私はなりたい!(いつもこればっかり)
[PR]
by yksayyys | 2010-03-22 20:47 | 学校 | Comments(0)