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アマノジャクはこう考える

過去帳

 先日、祖母の姉が亡くなった。105歳の大往生であったが、その長男の方が過去帳というものを届けてくれた。過去帳というのは親族で亡くなった者の歴史をたどれるだけたどったものである。それを見て初めて自分の先祖というものを確認できたような気がする。別に「自分のルーツ」なんてどうでもいいのであるが、この過去帳にある人たちの年齢が気になった。ほとんど高齢で亡くなるわけだが、うちの家系だけ4歳、6歳、9歳という子どもが含まれているのである。そのうち9歳の女性は私の叔母に当たる人である。父が言うには「栄養失調」だったという。1947(昭和22)年とあるので、終戦直後の食糧難である。私はこういうところに姿をあらわす「戦争」というものに憤りを感じる。私の父も母も酒が入ると「戦争さえなければ」と口にする。破壊された、殺された・・・・という事象だけでなく、実に大きな被害を与えたのが「戦争」なのである。以前、中曽根がこう言っていた。「国家の栄光も汚辱もすべて引き受けるのが日本国民としての使命だ」冗談じゃない。おまえが勝手に引き受けろ。9歳の子どもを栄養失調で死なせて、それを「戦争だから仕方がない」とあきらめさせる。そんなイカサマは絶対に許さない。その9歳の子どもは栄子(えいこ)という名である。アニメ「はだしのゲン」に出てくるゲンの姉の名前と一緒である。生徒にビデオを見せるたびにその「叔母」の姿を想像する。そして、野坂昭如「火垂るの墓」で死んでいく子どもセツ子の姿を見て、「栄養失調で死んでいく」子どもというものがわかる気がする。私は、この「叔母」とずっとずっと対話をしていきたいと思う。
 ちなみに、明後日は祖母の命日である。生前最後に会った親族は私である。「風邪をこじらせた」と連絡を受けたが、私は「虫の知らせ」で会いに行った。そして、水を飲ませて5時間後息を引き取った。その祖母の形見の人形で私の娘は遊んでいる。私は、祖母の体質からもらった喘息と「長いつきあい」となっている。
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Commented by shin-pukupuku at 2006-03-21 10:18
戦争はひとりひとりの人生を大きく変える。罪のない国民を悲しみの渦に投げ込んでしまう。私もブログを読みながら,戦争に強い怒りを感じました。
by yksayyys | 2006-03-20 02:24 | 社会 | Comments(1)