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アマノジャクはこう考える

社会科教育研究と歴史研究の間で

 ずっと前、大分の西洋史学会に参加した時に「世界史教育を考える」というテーマのシンポジウムがあり、社会科教育研究と歴史研究の双方からの問題提起がありました。双方の問題意識の距離はだいぶあったように思います。私は、意外に思うかもしれませんが、歴史研究の方の提起に共感を覚えました。社会科教育研究の方はやはり「教育」の立場ですので「どんな力をつけさせるか」に重点をおいて学力という視点で語っていました。それに対して歴史研究の方は、実に正直に「せめて興味を持ってくれれば」と言っていました。私は、基本的に後者です。「歴史を学ぶことによってどういう力を身につけるか」はとても大切な視点だし、よく私も力説したりもするのですが、本音は「歴史の楽しさをわかってほしい。せめて若干の興味を持ってほしい」くらいのような気がするのです。
 なぜ、そういうことを思い出したかというと、1日の夜にN先生に呼ばれた歴史つながりの飲み会の席上関西から40人ほどの学生を連れて研修旅行に来ていたY先生が資料館見学の際の学生の態度に触れ「せめて4,5人が興味を持ってくれればいいと思って」と言っているのを聞いたからです。おとといは、幕末の「討幕の密勅」から「戊辰戦争」を1時間かけて講談調に語りました。キーワードは「逆転また逆転」です。興味を示して反応するのが約3分の1、時計ばかり気にしているのが約3分の1、どうもつかめないのが約3分の1。いつもそれくらいの比率なのですが、ま、しょうがないかなあと思っています。でも、九州大会の研究発表では「そう言うわけにはいかないかなあ!!」でも、そうなんだよなあ!!
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by yksayyys | 2010-09-05 09:55 | 社会 | Comments(0)