AD,HD

 今日の新聞に「AD、HD(学習障害、発達障害)で成人に達した者の9割は学校の教師が障害を理解してくれなかったことで悩んでいた」とあった。この記事を読んで思ったことは、「理解していなかったというよりは、AD、HDという言葉の存在すら知らない教師がほとんどだったのではないか」ということである。「特別支援」の名のもと学習障害、発達障害という障害が学校現場で理解されるようになったのはここ数年のことである。ということは、以前は「落ち着きのない子だ」「自分勝手な子だ」と評価されていたのだろうと推測される。もちろん私もその1人である。当然のことながら理解されるようになって良かったと思っている。教育はまだまだ「情緒的」な雰囲気に支配されており、「科学的」な要素が少ないように思える。学問的な検証よりも、「教師の情熱」や「根性、勇気」の徳目あるいは「経験」が幅を利かす世界だということである。「どの子にも同じ深い愛情を注ぐ」ことが最善とされ、「その子に応じた適切な行動」という側面は弱かった。「ひいき」「不公平」は教師罵倒の第1の要因であるため、教師も「違う対応」をすることにも慎重であった。
 偶然であるが、保育園の入園式の講演でスクールカウンセラーの方が「学習障害、発達障害」の話をしてくれた。昨日の南日本新聞にその方の紹介が詳しく紹介されていたが、講演の中で、俳優のトム・クルーズ、ロビン・ウィリアムス、ハリソン・フォードも学習障害・発達障害の持ち主であり、トム・クルーズは今でも文字を完璧に読むことはできないことを例にしながら「成長」「関わり」「個性」というものについて話をしていた。今、学校ではゆっくりと「理解」が進んできていると思う。子どもたちも「個に応じる」という意味を以前の子どもたちよりも「共感を持って」理解できるようになってきているのではないかと思える。行政の配慮など多くの課題はあると思うが、昔あった無理解は着実に克服へと向かっていると思える。私もその方向で努力をしていきたい。
 余談であるが、話をされたスクールカウンセラーは、以前は三菱で「兵器開発システム」の仕事をしていたそうである。その後、ニュージーランドの体験から今に至ったそうである。「兵器開発からカウンセラーへ」1冊書いてもらいたいものだ。講演の話はわかりやすかった。「復古的な家族の復権よりは新しい家族の実態にあった社会のあり方を」そういう話だったと思う。
[PR]
Commented by shin-pukupuku at 2006-04-07 05:41
わたしも4年前にADHDの子を担任しました。さすがに苦労しました。というのも,周囲の子どもたちにどう説明していいのかができずに,というか,保護者から言わないでほしいと要求され,周りの子は普通にその子をバッシングするという状況でした。障害のある子を見守るという環境づくりが大切なのですが,障害者に差別的な状況を改善していくことも大切ですよね。
by yksayyys | 2006-04-06 13:25 | 育児・家庭 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


by yksayyys
プロフィールを見る
画像一覧