「ほっ」と。キャンペーン

ブログトップ

アマノジャクはこう考える

日典上人と松寿院

f0066076_20391840.jpg
 歴史で町おこしをするにはどうしても「歴史上の人物」が欠かせません。現在、種子島はこの2人の人物の顕彰に力を入れていると感じました。ひとりは法華宗の日典上人でもうひとりは殿様の奥方である松寿院。種子島は法華宗がさかんなところでした。私の実家もそうでした。親に「どうして」と聞いても「みんなそうだから」としか教えてくれませんでした。が、数年前に隼人文化研究会でR館のK林さんの話で歴史的経過を知りました。もともと律宗がさかんだった島にこの日典が法華宗を広めたのだそうです。ただ、布教は順調ではなく途中「法難」にあい、砂浜に生き埋めにされたとのこと。その砂浜の近くにこの銅像がありました。なかなか劇的ですね。もうひとりの松寿院は私も小学校の郷土史副読本でよく知っていました。島津の娘が種子島家に嫁にきて、島の土木事業に尽くしたという話でした。西之表の港、熊野の塩田、今でも跡が残っています。島津の財力という後ろ盾はあったのでしょうが、なかなかの女傑だったのでしょう。あと人物としては、おなじみ種子島時尭と西村天囚でしょうか。西村は天声人語の生みの親としての紹介でしたが、大正デモクラシーを専攻した私としては朝日新聞右傾化の中心人物と言った方がピッタリくる人物です。
[PR]
by yksayyys | 2012-08-13 20:52 | 社会 | Comments(0)