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アマノジャクはこう考える

鉄砲伝来

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 種子島の歴史といえば、何と言っても鉄砲伝来です。この写真の浅瀬あたりに明国人とポルトガル人が漂着しました。ここら一帯も以前は鬱蒼としていましたが、今は公園としてきれいに整備されていました。今回学んだことはポルトガル人らと交渉した西村織部丈という役人の存在でした。明国人との筆談という形でしたが、離島のはずれにもそういう教養のある役人がいたこと、交渉が成り立つことが驚きでした。最初は、相手から発砲してきたことも今回はじめて知りました。
 ここからは、屋久島もはっきり見えました。そういえば、今まで気づかなかった地名の由来にも気づかされました。「島間」という地名がありますが、あれは種子島と屋久島の間という意味ですね。今でも屋久島航路の発着する港があります。あと、そこからやや北に「屋久津」という地名がありますが、おそらくそこは屋久島への港という意味だろうと思います。
 やはり「知るは喜びなり」ですね!!
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by yksayyys | 2012-08-14 20:40 | 社会 | Comments(0)