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アマノジャクはこう考える

シンディ・ローパー

 今日の朝日の土曜版にシンディ・ローパー特集が載っていた。震災の時にシンディが日本を離れることなくツアーを実施したことは有名です。なかなか気骨のある人です。が、今日の記事で興味を持ったのはシンディのブレイク曲についての内容でした。ちょうど大学生の頃でしたか、ビデオクリップによる洋楽が大流行し、マイケル・ジャクソンやポリス、カルチャークラブなど英米のポップ、ロックが深夜放送をにぎわせていました。私も大枚はたいて大阪フェスティバルホールでフィル・コリンズのコンサートを見に行きました。シンディ・ローパーもその流れの中でブレイクしました。曲名は日本語で「ハイスクールはダンステリア」でした。タイトルからしてアメリカン・グラフィティばりの青春ものの曲のように思っていました。が、実際は「女性の自立」を歌ったものなんだそうです。その事実を知ってシンディは猛然と抗議したようです。だからでしょう。その後は「タイムアフタータイム」も「トゥルーカラーズ」も英語のタイトルそのままとなりました。「売らんがため」に曲名を変えるのは「スキヤキ」が有名です。「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」になるのはまさに屈辱ストーリーと理解していましたが、アメリカから日本に入ってくる曲にもそういう例があったんですね。ちなみにシンディの曲を作詞・作曲したコンビはマドンナの「ライク・ア・バージン」も作ったんだそうです。私は思いました。「やっぱり」・・・・
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by yksayyys | 2012-10-27 15:08 | 社会 | Comments(0)