「母子家庭」という言葉

 妻が家庭訪問後の生徒指導資料を作成していた。病気のこと、交友関係のこと、障害のこと。これを分類して、「職員全体で共通理解しておかなくてはならないこと」をピックアップして職員研修を行う。これが、今頃どこの学校でも行われる仕事だといえる。それに関して思い出したことがある。4年前のことであった。年度末のクラス編成の際に個人カードが作られる。「いじめの関係にないか」「リーダ性があるか」「ピアノがひけるか」などのチェック項目があった。が、その時の学校はここに「母子家庭」という言葉があった。つまり、「母子家庭」であるかどうかが学級編成の参考事項になるというのである。私は抗議した。「母子家庭であることに問題はない。この項目は必要はない。」すかさずある教師が発言した。「問題行動を起こす生徒に母子家庭の子供が多い。必要だ。」私は、「そんなデータがあるのか。」と言った。「だって◯◯とか△△とか」・・・「☆☆は母子家庭だが、問題なくきている。」そんなやりとりが続いた。私は、「母子家庭であることは本人にとっては逃れられない事情である。問題ととらえる姿勢を変えていくべきだ。」と言い、最終的にこの項目は削られた。「理解してもらった」というよりは「うるさく言うのでやむなく削った。」という雰囲気だった。その証拠に、毎年提案の際にこの項目は復活し、その度に「指摘する」という繰り返しだった。その提案が「意図的」なのか昨年のまま提案という「惰性」によるものかはわからないが、私に言わせれば「わかっていない証拠」としか思えない。
 「母子家庭」(「父子家庭」もそうだが)という言葉には「普通でない」という意味が多分にこめられており、教師の中にも「発達にいろいろ問題がある」と思っている者が多い。先日、保育園で聴いた講演では「もう西欧、北欧諸国ではシングルマザーは普通である。それを伝統回帰のような発想で結婚しろとか離婚するなというのではなく、そういう家族形態にあわせた発想と制度が必要である。いずれ日本もそういう傾向になる。」という話があった。
 ひとりの子供を見る時の背景として「家庭状況」を頭に入れておくことは必要である。が、「母子家庭の子は問題を起こす。だから、クラス編成で参考にすべき。」という思考形態には教師特有の「思いこみ」があると思える。今でもひそひそと「でも母子家庭はやっぱり・・」という声はあるらしい。(そう聞いたことがある。)
 私は「あの子は母子家庭ですか」と聞かれたら「それがどうかしましたか。」と言うことにしている。
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by yksayyys | 2006-04-27 08:02 | 育児・家庭 | Comments(0)