かくれ念仏

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 この島は東シナ海に浮かぶ「境界の島」です。私のこれまでの研究の結果では「境界の地は、平時では交易の地、そうでない時は衝突の地」です。ここ甑島もそういう場所です。「衝突の地」については、今でも多くの自衛隊が常駐していますし、かつては震洋の基地が点在し強制疎開もありました。日露戦争の時は補給地でしたし、遠く蒙古襲来の時も軍船が発見されたとされています。そして、「交易の地」についてもいろいろと証明できるものは多くあります。私がいろいろ教わった郷土史家の方は「北風の文化」と言っていました。つまり、甑島には西北九州の方角からいろいろな物が伝わってきたということです。長崎、天草のあたりとのつながりが強かったようです。薩摩藩の一向宗禁制の時期もそのルートでしょっちゅうお経などが伝わっていたようです。そのせいか島じゅうに「かくれ念仏」の場所があります。完全な取り締まりは無理だったと聞いています。それを聞くとホッとしますが・・・・この碑も「念仏発祥の地」とありますが、実は「かくれ念仏」の地を示したものです。当然のことながら、明治の世になってからは島じゅうが一向宗となりました。どの集落にも東本願寺、西本願寺のお寺があります。
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Commented by ska37o at 2013-08-21 22:56
「北風の文化」すてきな呼び方ですね。
by yksayyys | 2013-08-16 11:35 | 社会 | Comments(1)