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アマノジャクはこう考える

「宗教史」後半に入るまえに

 先ほど息子が早めの「お昼寝タイム」に入り、おかげで「日本宗教史」を読み終えることができました。後半はあっという間でした。引用に入る前に、ふと自分と「宗教に関わる思い出」についていろいろ思い出しましたのでそれを書きたいと思います。私の周囲で最も「信心深い」イメージがあったのは亡くなった祖母です。毎月1日には必ず、神社にお参りしておみくじを引き、日曜日には教会に行って牧師さんの話を聞き、そして日蓮宗の信者でした。そう、何でもありでした。家の中も仏壇の中には位牌と並んで浄土真宗でもないのに阿弥陀様がいて、その横には「天照皇大神宮」のお札がありました。祖母の信心の理由は「祖先崇拝」と「病気の治癒」でした。ひどい喘息でしたのですがるような気持ちだったのでしょう。通い付けのお医者さんに拝んでいたすがたさえ見たことがあります。亡くなる前も「南無妙法蓮華経」と題目を唱えていました。私自身は浄土真宗に宗旨替えしたいのですが、祖母の姿を思い出すとそれもやりにくくなります。あと、学生時代を過ごした京都では下宿、バイト先を通じてよく「勧誘」を受けました。下宿に創価学会の熱心な信者がいてある集会に連れていかれてビデオを見せられました。バイト先では阿含宗の信者から護摩木をもらいました。あと、大学の行き帰りに細い道を通っていたので「手かざし」の人からよく呼び止められました。最近では、家を建てる時に身内から「風水」の話を聞かされました。タブーばかりの我が家ですので「心配でたまらない」と言ってもいました。そういう経験はありますが、結局「無宗教」というか「宗教無関心」でいます。かと言って宗教を否定する気には到底なれません。人間には「人智を超えたところ」の救済や奇跡を信じる要素が少なからずあると思いますし、それを信じることによる「安らぎ」を得られることもあると思います。働くことも休むことも「宗教」と無縁ではありません。明治期の社会主義者がほとんどキリスト教徒であったことや私の好きな河上肇が熱心な仏教徒であったこと、あるいは北一輝が日蓮宗の信者であったことも決して不思議なことではなく、「社会問題の解決」と「宗教的情熱」が分かちがたいものであることは日本の近代史にも顕著なことです。
 残念な事は、冷戦後この宗教が「戦争」や「テロ」の大きな要因になっていることです。この本にも若干触れられてはいますが、宗教にとっては「暴力」や「戦争」はひとつのエネルギーにもなると書かれてありました。私が入り込まないのもその辺に理由があります。
 ただ、思い出すひとりの人物がいます。前任校で知り合った浄土真宗のお坊さんなのですが、この青森生まれの方は会うと私に「今・・・・を読んでいるんだけど」と話しかけてくる人でしたが、ニーチェとかフーコーが好きな人でした。そして、異動間際に温泉で会った時は「聖書にはまっている。」とニコニコしていました。うまくは言えないですが、こういう「マージナル(境界)な人々」に希望があるような気がします。そういえば、一度も親鸞とか蓮如の話などしなかったなあ!!
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Commented at 2006-05-08 22:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by yksayyys | 2006-05-08 11:20 | 社会 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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