ブログトップ

アマノジャクはこう考える

「保守」という立場

 朝日の「論座」を立ち読みし、岩波の「世界」を買ってきました。「論座」には今月も保守勢力の分裂の様相が描かれていました。教科書ネットの俵義文さんが「つくる会」の内紛の様子を、評論家の宮崎哲弥が保守という言説について文章を載せていました。「左」とか「右」とかいう言葉を使うのはもう時代遅れなのかもしれませんが、10年くらい前までは「左から右」にぶれる人はいくらでもいるのに「右から左」にぶれる人はほとんどいなかったと思います。確か、宮崎哲弥も以前は「保守の論客」と言われていたのを思い出します。それが、自由主義史観(今の「つくる会」の思考法)が出てくるあたりから「保守」論壇とは一線を画すようになりました。その宮崎がこれまでの保守は「・・・に対する保守」だったと言っています。言い得て妙だと思います。イデオロギーや理想主義的風潮に対しての「歯止め」としての保守だったということで「思想」というよりは「感性」「時間」みたいなものだったような気がします。また、政権も保守の中でも「軽武装経済重視主義」具体的には吉田、池田と続いた「イデオロギー色の弱い」宏池会系統が主流だったために「戦前には戻るまい」という安心感が国民にあったと思います。戦後おこなわれた「昭和史論争」においてもマルクス主義の色の強かった「昭和史」(岩波新書)に対し、評論家亀井勝一郎が「人間が登場しない歴史だ」と指摘したことはある意味で「庶民の実感」に根ざしたものだったと(私は)考えます。そういえば、以前は保守といえば亀井や小林秀雄、福田恒存などの文学者が代表していたものでしたが、今は社会科学者も大きな勢力となっています。「つくる会」の鹿児島支部長は水産学部の学者です。そういう意味で、保守が「理論形成」を図ろうとしている時代なんだろうと思います。政権も小泉にしろ安倍にしろ「タカ派」ですので、「私はこう思う」タイプで傲慢な姿勢が顕著な人々です。「論座」は分裂を強調しますが、「革新」はなやかなりし頃は路線闘争も激しかったように思います。思うに、「内紛」は勢いがある証拠のような気もします。
 ただ、私はどうもあの人たちの文章が好きになれません。「ソ連の手先」とか「売国奴」「非国民」など時代錯誤のレッテル貼りをこれでもかこれでもかと続けます。以前、我慢しながら藤岡信勝、西尾幹二、渡部昇一、谷沢永一らの著書を集中的に20冊ほど読んだことがありましたが、「プロパガンダ」以外の何ものでもありませんでした。私には、以前の「ちょっとついていけないなあ」くらいの抑制の利いた「保守」の方が好きです。
 そういう意味で、宮崎哲弥が言っていることはよくわかりました。俵さんはもともと「立場のはっきりしている」人なのでああいう文章になるのはよくわかります。でも、以前はこういうネタは「噂の真相」の独壇場でしたけどね。もう復刊しないのかあ。待っているんですけど・・・
[PR]
by yksayyys | 2006-05-10 19:43 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31