病院にて考えたこと

「学歴」
 病院の待合室で私が「生産様式」とか「交換形態」とかいう言葉と格闘している時にとなりのおじいちゃんとおばあちゃんが次のような話をしていました。「・・・先生は鶴丸高校にもいたらしいですよ。すごい偉い先生だったんです。娘は担任してもらって幸せでした。」「・・・さんとこの息子は今年東大に入ったって。・・・さんとこは九大だし。うちの親戚にも九大の・・・・」とにかくいろいろなお宅の高学歴者の紹介ごっこという感じでした。こういう話が好きな人と時々出会うことがあります。私の経験の中では高校の教員がよく「どこを出たの?」と聞いてきました。私はわざと「何のことですか?」と聞き返したりしたものです。多分、進学指導をしている関係上「そういう思考」になっているのだろうと思います。その点、小中学校の教員間でそういう話はほとんど聞きません。「試験を受かればどこを卒業しようが一緒」と思っているからだろうと思います。あと、鹿児島の人は「国立志向」が強いと思いますね。中高連絡会に行くと「うちは国立大学に・・・人合格しました。昨年より・・人増加しました。」などという説明を聞くことが多い。参加しているほとんどの中学校の教員はそんな事どうでもいいと思っているのですが、さも重大な事のように時間をかけて説明する。こういう言い方もよくないが、鹿児島県の周辺の国立大学は入学しやすい大学が多いので数が多くなるまでの事で他県では「国立」「私立」の別を気にしないと友人(高校教員)から聞いたことがある。(ちなみに私は私立です。)「学歴」に重みがあるとするならば、私は「そこでどんな先生に就いてどんな勉強をしたのか」が重要だと考える。そういう意味で東大や京大には実力のある研究者が多くいるのかもしれない。そういう人たちの教えのもとで意味のある研究に携わることができた時に、そこを卒業した意味というのがあるのではないだろうか。だいたい、最近は芥川賞、直木賞受賞者にしても大企業の社長にしても閣僚にしても、実に様々な「学歴」の人たちでにぎやかである。ソニーが採用に学歴を問わないとしたことも「時代の流れ」かも知れない。まあ、「大学の名前」で鼻が高くなる人はそれはそれで幸せかも知れないが、まあ私が親しくしている人にはそんな人はいない。東大卒、京大卒、九大卒、早大卒、みなさん謙虚で「これから自分は何をすべきか」のみを真剣に考えている人たちである。
「あと始末」
 前回の喘息の時と同様今回も「このまま死んだらどうしようか」とあれこれ考えていた。借金のこと。仕事のこと。保険のこと。あと、すでに考えてある「娘の結婚披露宴のスピーチ」をパソコンに打ち込んでおこうかとか「予定していた葬儀会場がつぶれたけどどうしようか3号線沿いがいいかな。」とかも考えていた。そうこうしているうちに検査の結果を聞いて「セーフ」となったわけだが、いつか「アウト」となる日が来るかもしれないということだけはきちんと考えておきたい。
「両親」
 子どもたちを預かってもらったお礼に両親を夕食に招待した。とは言っても私の手料理なので大したことはないのだが・・・父はパーキンソン病がひどくなっており、母もひどい喘息持ちで「元気」とは言い難いが、まあ普通に話せる。2人とも74歳という年齢から「いつかは・・」と思ったりもするが「孫の成長」だけが唯一の楽しみのようでそれだけで頑張っているような気がする。
 冷やしそうめんと真鯛のみそ汁、ししゃもの唐揚げにフライドポテト。あと酢の物。今日の私にできたことはそれだけ・・・・・
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Commented at 2006-05-10 22:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by shin-pukupuku at 2006-05-10 22:41
学歴にこだわる時代は終わったと思いますね。いつまでもそんなことを言っているから,鹿児島県人に優れた人材が出ないのではないでしょうか。西郷とか大久保みたいな人を偉人と呼んでいますが,この二人も下級武士ですよね。そんなことを考えれば,出身大学ではないということがわかっているのが,鹿児島県人と思っているのですが,残念ですね。
by yksayyys | 2006-05-10 21:56 | 育児・家庭 | Comments(2)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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