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アマノジャクはこう考える

年収

 友人からのメールで思い出したことがありました。先週会った政府系金融機関の友人は、今年収が1200万円くらいだと言っていました。現在の私は彼の半分くらい。同い歳とはいえ、「職種」と「昇進」と「本人の能力」と「運」でこれくらいの差が出て来るのはしょうがないことかも知れません。大学卒業の頃はいわゆる「バブル」で、民間企業全盛の頃で、大手企業から「飲ませ食わせ」の接待を受けながらいくつもの内定をもらう友人が周囲に結構いました。「売り」のない私にそういう経験はありませんでしたが、あの頃の景気だったら民間企業就職も「選ばなければ」可能だったかも知れません。卒業年度の今頃、同じ下宿の友人達と酒を飲みながら話したことを思い出します。経済、経営学部の友人たちはすでに「内定」をいくつももらっており、「どれにしようかな」という話をたっぷりと聞かされていました。文学部の私はその頃は公務員志望で、とりあえず教育実習に行かなきゃという時期でした。その酒宴で話題になったのは、何を基準に仕事を選ぶかということでした。「やりたいことや家庭サービスは少々我慢しても高給のために会社人間になって働かなきゃ」という2人と「自分や家族の時間を取るために低給でも」という2人に分かれましたが 、そこは「生き方の違い」ですので「議論した」というよりは「宣言しあった」という感じでした。ちなみに、前者の2人は銀行と大型電器店、後者の2人は教員(私)と法務省で更正保護の仕事(刑を終えた人の世話)をしています。この時の話を、生徒たちに「進路指導」の話としてすることがあります。価値観というのは「千差万別」で何がいいということは言えません。が、はっきりしているのは「その選択をして自分が後悔しないかどうか」ということじゃないかと思っています。公務員バッシングで給与はさらに減らされ、「エリート街道拒否」の身としては今後も上昇することは確実にありません。ただ、「気持ちよく」退職できるのではないかとも思っています。こうやって、みんな自分に言い聞かせるんですかね・・・
 ちなみに年収1200万円の友人も「かみさんの実家にはだいぶつぎ込んでいる。」と言っていました。「しょうがない、しょうがない」を天井を見上げながら連発していました。人にはそれぞれ
いろんな事情がありますから・・・「隣の芝生は・・・」とならないようにしたいものです。
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by yksayyys | 2006-05-15 12:27 | 社会 | Comments(0)