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アマノジャクはこう考える

T・フジタニ「天皇のページェント」(NHKブックス)を読む

 小熊英二のホームページを見ていたら、この本が研究会のテキストになっているのに気づく。そういえば家の書棚にもあったはず。ということでこの本を読んでいる。この本の概要は「天皇・天皇制は古来から日本や日本人の中心にあったものではない。象徴ですらなかった。江戸時代などその存在すら知らない者もいた。国家儀礼、祝祭日、大建築物などさまざまな視覚効果を伴いながら近代に作りあげられたものである。」というものである。網野善彦の「でも、なぜ天皇は続いてきたか」という問題意識を持ちながらも、「今の天皇制はこれまでとは全く違う」という断絶面、非連続面を証明しようというもの。偶然ではあるが、こないだ読んだ「神々の明治維新」の著者安丸良夫の影響も大きいと著者が述べてもいる。まだ途中なので感想は次回に引き継ぎたいが、印象に残った文章を1つ。

「歴史家の目には客観的に国家の近代性と見えるもの」が「国家主義者の目には主観的に古代的と見えるもの」と並居している。

 宮城前広場も葬送の儀式も二重橋もすべて、明治後半に整備されたものであり、その視覚的効果が明治天皇の「葬儀」を一挙に盛り上げ「国民の一体感」を高めることになる。これは、昭和天皇の「葬儀」の時も一緒であった。しかし、たかだか百年ちょっとで作りあげられたものが「万世一系」「皇祖皇崇」などの言葉で「古代以来ずっと」という風に神話的に語られていくのである。憲法・教育基本法改悪の背後にある「彼らの思想」に騙されてはならないと考える。
 ヒトラーもスターリンもその儀礼、建築、祝祭を最大限に利用してきた。その「系譜」としてこの本を読み終えたいと考える。そう考えると、石原知事の「東京オリンピック」なんて・・・・・・そう思えてくる。
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by yksayyys | 2006-05-16 11:44 | 読書 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・