「ディスカッション社会科教育1948年5月」を読む

 最近出た「丸山真男話文集続1」にこの討論が掲載されていました。社会科教育をめぐって現場の先生たちと勝田守一、宮原誠一、宗像誠也の「3M」と呼ばれていた教育学者に清水幾多郎、宮城音弥、高島善哉、丸山眞男らが議論を重ねていきます。この議論を読んで思うことは、いかに戦後知識人がいや戦後民主主義がこの社会科という教科に大きな期待をかけていたかということです。修身・国史・地理が停止されたあと、まさにそれに替わるものとして「戦後教育の中核」として社会科を位置づけようとするその熱意そのものに感動します。あと、驚くのは現在教育問題とされている事はこの時期にすでにほとんどが議論されているということです。系統学習と問題解決学習の問題もすでに出てきていますし、一方の論者として有名な勝田も決して系統一辺倒とは思えない論を述べています。ただ、この討論全体として感じるのは、現場の先生と教育以外の学者の考えがとてもわかりやすいのに比べ、教育学者3人の方がはるかにわかりにくいということです。おそらく、当時彼らは教育政策の立案者・当事者であることから、GHQや日本政府、文部省などとの関係から非常に困難な状況の中で暗中模索しているからだろうと思います。しかし、われわれが教科書的に暗記した「ヴァージニア・プラン」や「川口プラン」が狭い教育技術の世界ではなく、戦後教育を作っていくきっかけとして知識人たちに議論されている様子はとても参考になります。
 そういう意味では、今「社会科教育」は大いにタコツボ化してしまった感が否めないですね。
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by yksayyys | 2014-06-29 00:11 | 社会 | Comments(0)