「ほっ」と。キャンペーン

ブログトップ

アマノジャクはこう考える

授業研究

 今日の南日本新聞に教育問題を考えるコーナーがあり、国立教育研究所の方が「最近の先生は、報告書づくりなどに追われ、日本のよき伝統であった授業研究の時間も意欲もなくなってきている」と嘆いていた。全く同感である。アメリカは、教育の先進地であるように言われるが、授業そのものを共同で研究していく伝統はあまりないとのことである。日本はすでに明治のころから・・・研究会のようなものが全国に作られ、大正時代の「自由教育運動」や昭和初期の「生活綴り方」などにも引き継がれ教育研究運動がさかんであった。戦後はまさに百花繚乱状態であった。それが最近教育に関する「サークル活動」なるものが停滞して久しいような気がする。必要性がなくなったというよりも、教員が疲れ切っているように思える。校内においてはなおさらで、校長たちから要求される報告書や増え続けるテスト・行事の準備、そして生徒指導の多様化により「授業研究」の時間は「ない」に等しい。校長に2回それを指摘すると返ってきた答えはいずれも「そんな時間は自分で探せ」。昨夜も妻は「テスト作成」で夜中の2時まで仕事をしていた。「学校で授業研究ができない教育現場」これを何とかしないと「学力の向上」は困難である。教師の意識の問題ではなく環境整備の問題である。・・・・・何度テストをしたって、授業が充実しなければ・・・・・
[PR]
Commented by ska37o at 2006-05-23 12:21 x
わたしも読みました。あっ,また官僚が好き勝手言っているだろうと読んでいたら,どうしてどうして…。これってアメリカにない優れた日本の民間の教育団体の実践を認めていることじゃないかと思いました。
組織のとりくみ教研の参加者数は惨憺たるものでしたが…責任を感じています。
by yksayyys | 2006-05-23 07:53 | 社会 | Comments(1)