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アマノジャクはこう考える

日本史の先生

 今日の南日本新聞に南日本出版文化賞の事が掲載されていました。受賞者は徳永和喜さんで黎明館に勤める研究者の方ですが、私の高校の時の日本史の先生でした。とは言っても、授業で教わったわけではなく、「日本史クラブ」の先生でした。高校2年の時にこのクラブで「新聞づくり」をやりましたが、私の作った「天平新聞」をこの徳永先生が激賞してくれたのをよく覚えています。内容は、孝謙上皇と道教の関係を女性週刊誌風にスキャンダル記事として書き、和気清麻呂のコメントで皮肉るというものでした。記事の下には古事記・日本書紀・万葉集の出版広告を載せ、「人気沸騰!忽ち増刷!!」という風に書いた覚えがあります。今考えても面白い新聞だったと思います。その時のクラブが楽しかったので高校3年の時も続けて入ったのですが、その年は甲南から来た山田尚二先生の「古文書講座」で退屈でしたので1日で辞めました。叩かれるか、けなされるかしか思い出のない高校の先生ですが、私を持ち上げてくれた先生は2人だけでした。1人はこの徳永先生でもう一人は国語の先生。私が書いた「きけわだつみのこえを読んで」という読書感想文を県の作文集に載せてくれました。有り難いことです。
 徳永先生とは数年前に何度かお会いしましたが、柔道大会の引率でアリーナに行ったら、保護者として息子の柔道を応援に来ていました。「君も古文書を勉強して黎明館に来なさい。」と言われました。「いやいやとてもそんな力はありません。」と答えたら「そうだよな。」と言った感じで笑っていました。アハハハ・・・ちなみにこの人同郷です。初対面ですぐわかりました。だって、イントネーションが・・・・(笑)
 
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Commented by WB放送局 at 2006-05-24 23:59 x
 徳永先生は大学院時代に講義を受けました。近世の薩摩藩対外貿易についての講義でした。全く知識のなかった私にははじめ意味がよくわかりませんでしたが、中盤からは通事や貿易における離島の役割など興味深く講義を受けた記憶があります。
 まさか、育児パパさんの高校時代の先生とは知りませんでした。それにしても「天平新聞」おもしろそうですね。もう残っていないのでしょうか。
Commented by yksayyys at 2006-05-25 07:46
「天平新聞」は文化祭に展示されてから行方不明です。多分、社会科資料室に埋もれてじきに棄てられたのでしょう。そういえば、「九州から隼人が到着!」なんて記事も書きました。あとイラストもたっぷり。マンガ小僧でしたから。
by yksayyys | 2006-05-24 07:55 | 社会 | Comments(2)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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