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アマノジャクはこう考える

戦争とメディアシンポジウム

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 K大学法文学部のメディア論講座の主催する「戦争とメディア」シンポジウムに参加してきました。このメディア論を担当しているM下さんは12,8集会で報告をされた方で昔何度か私も取材を受けたことがあります。なお、このポストはM下さんに引き継がれる時に私の大学の同窓生H新聞のS藤にも声がかかったものでもあります。
 会場にはわれらが中社研会長NさんやN支部のご意見番、ご老公ことHさんも参加されていました。基調講演は鹿児島大空襲を経験された方の話でした。鹿児島ではかなりの名士の方ですが、体験された中身は相当に過酷なもので「どうしてあの時に」という自責の念は今もその方を苦しめているようでした。次は相当な時間をかけて「特攻」が論じられました。報告は、知覧のT屋食堂のT濱さんでした。「特攻の母」として有名なT濱トメさんのお孫さんで富屋食堂を資料館として再建した方のようです。議論で興味深かったのは「南西諸島で不時着した隊員たちには行方不明となっている者が多くいるのではないか。」ということでした。もし、事実とすれば「戦後はまだまだ終わっていない。」ということでしょう。続いて「戦争とメディア」の関係に移っていきましたが、一般論に終始したかなという感がありました。シンポジウムにありがちな事ですが、どうでもいいような話や長い思い出話が続くことがあります。そういう時に「あ、何か内職するものを持ってきておけば良かった」と思いました。私の横に座っていた方は読書する本や資料を持ち込んで大半はそちらを見ていて耳が反応した時に顔をあげるという繰り返しでした。自分もそうすればよかったと思いました。だって、時間がもったいないですから。
 あと「ご意見番」「ご老公」のHさんは、フロアから初っ端の質問と締めの意見を述べていました。会終了後はパネラーに住所を求められていました。Hさんの人脈の広さの理由がわかったような気がしました。以上!
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by yksayyys | 2015-02-01 22:47 | 社会 | Comments(0)