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アマノジャクはこう考える

TV「私の街も戦場だった」を見た

 佐藤浩市がナビゲーターをつとめた地域の空襲を扱った番組を見た。アメリカ軍は空襲の時、その成果を確かめるために飛行機にカメラを備え付けていた。その映像はカラーで鮮明なものであった。その番組に出てくる街の中にたくさんの鹿児島の街が出てきた。お隣の宮崎県を含めると半分はこの南九州の街であった。それはこの南九州に大小多くの基地が集中していたためであり、本土決戦の前線基地だったからである。このことについては私はあちこちで口にし文章にしてきた。ただ、驚いたことに枕崎の白沢地区の空襲についてこの番組では「ついでの空襲」と言っていた。第一目標である軍事基地への爆撃を終え、沖縄の基地に帰る途中に「ついでに」本土南端のこの集落を繰り返し襲ったということである。地元の人たちは「ついでだよ」と言っていた。そうとしか考えられないということである。この番組のねらいとしているものに全面的に賛成する。空襲を東京や大阪の大規模なものだけに代表させてはならないのである。私たちのすぐ近くで空襲は行われ多くの人が死んだのである。
 私の仕事もそこにある。
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by yksayyys | 2015-03-16 00:39 | 社会 | Comments(0)