最後のフィールドワーク

 28日午前中はこの夏最後のフィールドワークでした。職員研修の中で「地域を知ろう」というものです。今年で3回目になりますが、全部私がガイドを担当しています。
 今年は、産業革命遺産の世界遺産登録に影響を受けて「校区内の近代化遺産をめぐる」というコースを設定しました。しかも、これまでは自動車でまわっていましたが今回は「歩く」ことにしました。これは後悔しました。直前に痛風の発作に見舞われた私としては最悪の事態となりました。すべては「自業自得」なのですが!
 最初に訪ねたのは大崎報公義会館という明治創建、大正改装という洋風建築物です。地元の青年団が建てたというこの建物、青年団所有にしては相当に豪壮な造りとなっています。このあたりがいかに経済的に繁栄していたかという象徴だと思います。今でも地域公民館として使用されているそうですが、カギを借りる関係で公民館長さんにも来てもらい話をしていただきました。その話がけっこうズレていて「こんな建築物は困る。維持費がかかる。誰か買ってよ。」という話でした。
 次に訪ねたのが地元の豪商T屋さんです。江戸時代創業のこの商家、密貿易を含め千石船3隻を所有して琉球、長崎との貿易に関わったということです。その分、地域にも貢献しさきほどの青年団の建物の敷地も提供し、最初の小学校も作り、お寺の誘致にも尽力したということです。町長、市長も2人出しています。国の指定文化財になっている蔵に入り、12代当主の方に話をうかがいました。
 最初突然「日教組批判」を始めてヒヤヒヤしましたが、途中で私がインタビューをする形で「歴史」の話になっていきました。見方を変えれば、このT屋さんも「よくぞここまで生き残ってきた」ということもでき「ほとんどまわりが没落、衰退する中で、いろいろありましたが何とかやっています。」という言葉は嘘ではないと思いました。
 この後はT屋さんともかかわりの深い隣のK寺を訪ねました。浄土真宗のK寺を近代化遺産とするには異論があるとは思いますが、近世の浄土真宗禁制、かくれ念仏、廃仏毀釈から信教の自由という流れを考えるとこの寺とその建造物も近代化遺産とみることができると思います。鹿児島市の別院に次ぐ規模ということですがたしかに豪華な伽藍だと言えます。そういえばT屋さんの当主も言っていました。「江戸時代はうちもずっとかくれ信者でしたから」!
 「鹿児島では禁制だった浄土真宗がなぜ明治になって全県下を席巻したか」はずっと不思議でしたが、やはりかくれ信者が相当にいたんでしょうね。

 ということで無事にフィールドワークは終了しました。
おかげで痛風はさらに悪化し、右足はパンパンに腫れあがり、夜には頭痛も再発したため、土曜日の会合はすべてキャンセルしました。

 今年の8月は何かの「祟り」にあったようでしたが、思い当たるふしが多すぎて原因が特定できません。不徳の致すところです。
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by yksayyys | 2015-08-29 10:52 | 学校 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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