「レッテル貼り」の怖さ

 昨日から偏頭痛がして、息子に絵本を読み聞かせては横になり、という時間を過ごしています。先ほど、妻から頼まれていた用事を済ませ、車中で眠った息子をベッドに寝かせた後「何となく久しぶり」といった感じで2階のパソコンに向き合っています。ちなみに外はすごい雨で「嵐」の様相です。さて、ブログネタは「月刊現代7月号」です。この月刊誌、私は「高踏すぎず、野卑すぎず」ルポライターが活躍できる面白い雑誌だと思って好きなのですが、妻は「いじめ自殺報道」に不信感を持って以来嫌いなようです。もっとも、妻はメディア一般を嫌っています。「興味本位で相手の事を考えない」と・・・・まあ、教師のメディア観はだいたいそうですね。私は、「クビにするならいっぱい告発してやる」という姿勢なのでそうでもないのですが・・・・
 さて、その「現代」ですが、買った理由は何といっても斎藤貴男と小林よしのりの対談です。近年にない最悪!いや最高!の組み合わせだと思いました。案の定、対談の冒頭から斎藤が「謝れ」と小林を挑発します。自稿に対する小林の「ゴー宣」の中傷に対する謝罪要求でした。「パブリックには謝罪しないが、個人的には謝罪する」という文言でそれは収まりましたが、緊張をはらむ対談はその後も続きました。が、対談にありがちな「接点をさぐろうとする発言」が随所にあり、「椅子を蹴って退場」という結末を期待した私には「イマイチ」でした。そして、収穫は続く対談「中嶋博行VS安田好弘」の中身にありました。中嶋は弁護士兼作家ですが安田はオウム、和歌山カレー、光市母子殺人事件を手がけた弁護士で、先日母子殺人」の裁判で最高裁の弁論を欠席したことで一気に有名になった弁護士です。報道には出てこない様々な情報を意外に「穏やかな」対談から得ることができました。この2つの対談で印象に残ったのは「レッテル貼り」ということでした。昔は、左翼叩きの際必ず「ソ連の手先」という言葉が用いられました。「ソ連のスパイとなって日本を売り渡そうとしている」そういう意味で、今でも書店にはそういう本がいっぱいありますし、ここ鹿児島には真顔でそういう事を言う人はいっぱいいます。今は、ソ連の比重が低下し、中国、北朝鮮の比重が高くなっています。小林の論法はまさにそれです。いっぽうの対談で感じたのは「人権派弁護士」というレッテルです。今「人権派」という言葉はマイナスイメージです。私の学校でも「人権派」と思われている私は明らかに「厄介者扱い」です。以前の職員会議で「先生はすぐに人権、人権と口にするが・・」と言われ「私はひとことも人権という言葉を遣っていません。」と切り返して笑われたこともあります。安田弁護士自体「人権派」と呼ばれることに不快感を持っているようですが、要するにそのレッテルに自分たちに都合の良いイメージをはめ込んで相手を罵倒する、そういう風潮が今ものすごく強いような気がします。私がどう揶揄されようと「リベラル擁護」なのは「多様性の共存」が前提としてあるからです。排除を生む思想、発想に「民主社会」の形成は無理です。最近、ブログでは出していませんが欧米のナショナリズムに関する文章をいくらか読みましたが、排外的な動きは各国各地域に最近顕著になっていることに気づきます。安田弁護士は最近の風潮を次のように言う。
「社会的な不安の増幅により、悪いヤツは早くやっつけろという風潮になった。つまり日本に広がっているのは死刑要求というよりも、犯罪者に対するリンチ容認なんです。理性を失っているのではないかと思いますよ。」
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by yksayyys | 2006-06-08 13:37 | 社会 | Comments(0)