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アマノジャクはこう考える

社会科と「総合的な学習の時間」の違い

 「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育成するととともに、学び方やものの考え方を身につけ、問題の解決や探求活動に主体的、創造的、協同的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにする」
この長くて抽象的な文章は何でしょうか。そう、学習指導要領です。では、何の教科でしょうか。それは「総合的な学習の時間」です。すでに中学校では私語(笑、それもありか!)いや死語と化した領域です。しかし、この文章は立派すぎてあらゆる教科・領域に使えそうな気がします。社会科にもそのまま使えそうです。
 よく議論になるのが「社会科と総合的な学習の時間の違いは何か?」ということです。特に初期社会科の内容などはこの文章がそのまま使えそうな気もします。「社会科教育」3月号で木村博一さんがその問題について触れていました。社会科は「社会諸科学の思索と探求の成果を踏まえつつ、子どもに思考の方法を学ばせることである。」下線部の言葉が重要だと考えられます。そして、こうも述べます。「具体的な問題に取り組む中で、問題設定、仮説検証、結論構成などの方法を学び取っていくのが常道」であると。そして、「結構言い切ってるな!」と思わせたのが次の文章です。「教師が教材研究の成果として予め導いた結論が答えとなる問いを子どもにもたせればよい。」最近、「押しつけるな」「開かれた」的な表現が氾濫し、それを誤用している文章、授業を見ることが多いのですが、教師の深い教材研究に裏打ちされた授業の流れとなるのはある意味当然だと思えますが、これも「誰が言うか」で大きく違うのでしょう。まあ、木村さんで良かった!

 あ、そうそう。なぜ今の時間にこの文章を作っているのかというと・・・
実は昨日、今日は娘の高校入試でした。送りは妻がしましたが、迎えは私の担当でした。ということで娘を迎えた後、夕方ちょっと時間が出来たということです。娘の入試の出来はummmmm・・・
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Commented by ぽんジュース at 2016-03-09 20:08 x
初期社会科の学習原理は問題解決型よよく言われますが,モデルとなったアメリカの社会科のコース・オブ・スタディは知識の探求を重視したものになっていることを実証的に明らかにされていますね。

上田薫の動的相対主義に対する批判もそうした研究成果に基づいたものです。韓国でも60年代に探究型(韓国では「探求」とは翻訳されていません)の学習はとても研究されています。

そうしたことから考えると上記の指摘はもっともなところです。知識なくしては何も考えられませんから。
Commented by watachanpeace at 2016-03-10 07:20
ご無沙汰です。いつも読みながら、学ばせていただいております(鹿屋や知覧に行きたいのですが、なかなか行けません)。

娘さんの高校合格、お祈りしています。ゼッタイ、合格!
 わた(人からは、「わたさん」と呼ばれていますが、自分では「渡さん!」=オレオレ詐欺対策です=笑)
Commented by yksayyys at 2016-03-13 22:39
ワタさん、娘のエールありがとうございます。16日が発表なのですが、試験結果が良くなかったらしく娘はずいぶんふさぎこんでいます。あらゆる事態を想定して当日を迎えようと思います。
by yksayyys | 2016-03-09 16:19 | 社会 | Comments(3)