ハンセン病市民学会in鹿屋

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 日曜日にハンセン病市民学会に参加してきました。本当は土曜日から参加したかったのですが、土曜授業の影響でそれも適いませんでした。午前9時開始とあって、自宅を7時前には出発しました。同じ鹿児島県とはいえ、大隅半島はやはり遠く感じます。会場は星塚敬愛園でした。そこを訪ねるのはもう10回目くらいだろうと思います。前回の鹿屋での市民学会にも参加しましたが、参加者数は減ったような気がしました。やはり「時の流れ」だろうと思います。
 この日は分科会に分かれた学習でした。私は「家族の被害」分科会に参加しました。おそらく本学会のメインはこの分科会だったのではないかと思います。先日、ハンセン病元患者の家族による裁判が始まったばかりでしたのでマスコミも多く押しかけていました。分科会のコーディネーターをはじめステージの壇上にいた6人中4人は弁護士でした。私の敬愛する徳田弁護士の姿もそこにありました。そこで語られていた家族に向けられた偏見・差別の話は「涙なくしては」聞けないものばかりでした。私はそれを聞きながら反省しました。私のハンセン病の授業は家族を加害者として扱ってきたのではないかと!「親の葬式に呼ばれない」「遺骨を受け取りに来ない」そういう冷たい身内のエピソードのみを伝えて家族の苦しみ・悲しみを伝えてこなかったのではないかということです。そういうことをふまえたうえでこの人たちに寄り添い、新たな裁判を立ち上げた勇気ある志ある弁護士たちの言葉と姿勢に大いに感激しました。
 写真は、家族たちの思いを歌ったシンガーソングライターの姿です。至って冷静だったコーディネーターの国宗弁護士はこの時ばかりは涙を隠しませんでした。
 この学会に「学会」の名前はふさわしくないような気がします。国を相手に闘った熊本地裁をきっかけに誕生し、新たに国を相手に家族訴訟をたたかう人たちの集まりには明らかに一定の方向・思想を感じますし学会というよりは「総決起集会」の雰囲気を感じます。幅広くアカデミズムの叡智を競う雰囲気ではありません。しかし、私はそこに「偽りのない」人のぬくもりに満ちた「居心地の良さ」を感じました。こういう人たちといつも手を携えていたい。そう思いました。しかし、分科会のまとめで徳田弁護士は言いました。「今の日本社会を甘く見てはいけない。」あまりにも重たい言葉でした。その理由はふたつあると思いました。ひとつは安倍政権の持つ「反動性」です。そして、もうひとつは新しい裁判が「国家」とともに日本の「社会」と対峙するということです。国家の断罪以上に差別と偏見に加担した市民社会との闘いは熾烈なものになると感じました。
 最後に、会場のスタッフに組合の尊敬すべき先輩たちを多く見かけたことに何ともいえない誇りと喜びを感じたことを付け加えておきたいと思います。
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by yksayyys | 2016-05-16 21:44 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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