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アマノジャクはこう考える

社会を明るくする運動

 最近、道ばたに緑色の旗が立っているのに気づく。よく見ると「社会を明るくする運動」と書いてある。隅っこに法務省とも書かれている。「社会を明るくする」・・・嫌な言葉である。私は性格的にこの手の言葉が好きでない。「教訓」であることもあるが、「明るくする」という言葉が引っかかる。「明るくする」には「暗い」ところを探すであろう。そして、「暗い」であろうところにあれこれ手を尽くして「明るく」するのであろう。私はついつい「公園や駅を追い出されるホームレス」を思い出すし、時代を遡ればハンセン病患者を療養所に追い込んだ「無らい県運動」にもつなげて考えてしまう。それを人々は「善意」として「明るくした」と思ったのであろう。この「社会を明るくする運動」が具体的に何をさすのかはわからないが、あまり「センス」のいい言葉ではないように思える。学校現場でも「正常化」という言葉は「組合つぶし」と同義語であり、国際的に「民族浄化」は「異民族抹殺」と同義語である。「明るく」したり「きれいに」したりしなくても、居心地の良い社会がいいと思う。もちろん、人間社会を指してのことである。いろんな人間がいる以上簡単に「リセット」できない方がいい。
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Commented by ska37o at 2006-07-12 10:09 x
社会を明るくしなければいけないようにしているのはだれ?だれかがそうしているから,明るくする運動をしなければいけないのですよね。格差社会,親族殺人などなどなぜ起こるのでしょうか?その原因の責任はどこにあるのか。あたかも組合や患者が暗くしているかのように責任を転嫁をし,笑っているひとがいるんでしょうね。
by yksayyys | 2006-07-12 00:54 | 社会 | Comments(1)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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