別れ

 Hさんの通夜に行ってきました。中社研県大会の会場準備を終えた後、鹿児島市内まで車を走らせてきました。葬祭場は、中高生でいっぱいでした。現職教員56歳。まだまだやりたい事はいっぱいあったことでしょう。入り口で次男坊に会いました。私にとっては教え子になります。「元気してた?」の問いかけに彼は「昨日でした。(棺の中の父を)見てあげて下さい。」と答えました。何と無駄のない簡潔で美しい言葉でしょう。私は促されるままHさんの棺に歩を進めました。遺影はずいぶん若い頃のものでした。同じ音楽仲間のつれあいさんが好きな写真なのでしょう。素敵な笑顔でした。棺の中のHさんは、思っていたよりふっくらとした姿でした。生前、私たちがよく見ていた顔でした。
 私は遺影の写真を見てから駐車場に戻るまでずっと泣いていました。香典代のお札を準備するために(1万円札を崩すために)買ったファミマのハンカチがびしょ濡れになりました。
 帰ってからつれあいさんの挨拶状を読みました。「常に手本となる存在」「理想的な父親」とありました。ピアノはショパンが好きだったということです。「緑の山河」「組合歌」以外の演奏も聴いておけば良かったと思いました。
 私を大事にしてくれたHさんさようなら。ずいぶんつらい闘病生活だったようです。「かの地でゆっくり休んで欲しい」つれあいさんがそう挨拶状に書いていました。
 告別式に出たかったのですが、明日は中社研県大会。不義理をお許し下さい。

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by yksayyys | 2017-11-16 22:16 | 社会 | Comments(0)