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アマノジャクはこう考える

「パッチギ」はありか?

 先月の飲み会でUm先生が提起した言葉です。「パッチギ」はもちろん映画のことです。あの映画で一番印象に残ったシーンは「葬式」のシーンであることは参加者一同同じでした。「朝鮮人差別の歴史」を知らされた主人公がその事実に打ちのめされるところは、そのまま観ている私たちにとっても同じことです。しかし、Um先生は言います。「じゃあ、すべてを知らなければダメなのか。」この言葉、15年ほど前にある人からも聞いたことがあります。差別の問題に関わってきた高校の教員でした。「すべてを知らないと差別は語れないのか。」答えは2人とも一緒でした。「すべてを知らなくてもいい。」その後続く言葉は微妙に違っていたように思うが、「知識が完璧でなくても乗り越えられる」ということである。もちろん、知る努力はすべきであるし、私たち教師はそういう役割を担わないといけない。しかし、「お互いを思う気持ち」が何よりも大切であるということであろう。「パッチギ」の主人公と在日の彼女は最後に心を通い合わせる。バックには「イムジン河」が流れる。
 イスラエルとパレスチナ・アラブとの関係も「歴史的な因縁」が繰り返し語られる。私たちも聖書に遡ってそこを知ろうとする。しかし、先日テレビに出てきたユダヤ人とパレスチナ人の恋人どうしにとってそれは「小さな」ことである。「乗り越えられる」意志こそ重要ということか。
 したがって「パッチギ」はありということになる。
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by yksayyys | 2006-08-03 22:53 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・