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アマノジャクはこう考える

歴史学と教育

 先日の中社研の研究委員会での論議であらためて「歴史学と教育の関係」についていろいろ考えさせられました。古くて新しいテーマでもあり、多分永久に続くテーマだろうと思います。「歴史学の成果をきちんと生徒に伝えるのが歴史教育」「子どもの思考・発達を主体に考えた歴史教育」言葉にすればどちらももっともな言い分だと思います。教師になりたての頃、西洋史学者の土井正興と中学教諭の安井俊夫が「スパルタクス論争」というのを雑誌「歴史学研究」誌上で行っていました。「歴史の場面に生徒を立たせて考える」という安井の手法が、歴史学の立場からすると「ありえない設定は、科学に反する」という批判につながったものでした。先日の議論はそれとはやや違ったものでしたが、「やるんだったら・・・・・・・・・・まできちんとやらないと、・・・・を教えたことにはならない。」学者はそう言います。しかし、私たち現場の教師は「子ども達の思考・判断にとってどういう意味を持つか」というレベルで教材を考えますので、ひとつの概念を正確に厳密に教えるという発想はありません。だいたい時間がありません。例えば、「それぞれの時代の天皇制を中心とする社会構造を前提にして」と学者は歴史を読み解いていきますが、歴史の教科書も私たちの教え方もそういう「社会構造史」「社会形成史」のような方法はとらなくなっています。歴史をちょっとだけかじった人間からすると、そういう歴史を「トータルに見る見方」はかなりのレベルにならないと理解できないと考えます。じゃあ、中学生に教える歴史とは何か?「身近なもの」「興味を示すもの」そういうものをきっかけに「歴史」という世界に引きずり込み、「そこから何を学ぶか」という社会科本来の「学び」につなげていくいことです。
 今日、目にした文書に「歴史学の最前線ではなく歴史学の定説に従うべきだ」というような文章を見つけました。私は、文脈からして「ああ、網野史学批判だな。」と思いました。具体的なものから全体的に向かうような「社会史」がもてはやされる風潮を学会主流が嫌っているのは、歴史学の中では明らかな事実です。教科書が最新の研究を追いかけるのを、重鎮たちが面白くないのは先日のH先生の「立ち話」でも教えてもらいました。
 「子ども達の思考・判断の育成」のためにどんな教材を与えて歴史認識を育んでいくか。私たちの使命はまさにそこにあります。もちろん、そこに歴史の歪曲や改竄があってはならないのは
当然のことです。
 ということで、どうしましょうか?Sさん、Bさん!!そしてMさん!!!
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Commented at 2006-10-23 05:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by WB放送局 at 2006-10-24 21:06 x
 M先生がおっしゃったように「なぜ室町時代でこの題材なのか?」という問いに関しては私は的確だと思いました。部落史を教えることを目的としていないわけですから、学者の意見を聞きつつ、この題材で何を学ぶのか、何が学べればいいのかを明確にしていければいいのではと思います。抽象的な意見ですが・・・・。
by yksayyys | 2006-10-21 16:48 | 社会 | Comments(2)