戦争責任観から教育基本法改悪を考える

 教育基本法の改悪を企んだ者たちの発想は、「戦争責任」をどう見るかでよりはっきりしてきます。「戦争責任」については、戦後大きく2つの流れがありました。ひとつは、終戦直後に「1億層懺悔論」に示された「戦争に負けてしまい、天皇陛下に申し訳ない」というものでした。宮城に向かい涙した者達に共通する感覚だと思います。(その構図は、金日成が死去して号泣する北朝鮮の庶民と何ら変わりません。)そして、指導者達の脳裏にあったものは「何としても共産革命を防ぐためにアメリカと協力して国体護持しなければ」というものでした。反東条とされた近衛文麿はGHQに対し、「この戦争は共産主義分子が体制内に入り込んで起こした戦争だ。」と説明したというし、皇族の一部も「心配なのは共産分子だ」と述べたとされる。つまり、「戦争責任」というのは、「国が一致して行動できなかったためにあの戦争に敗北した。そのために体制変更を余儀なくされた。天皇陛下に申し訳ない」というものである。したがって、攻撃の矛先はアメリカというよりも「外国の思想に影響された国内の反体制分子」ということになります。もちろん、その後「戦争責任論」というのは「この国民を不幸な戦争に導いたのは誰か」という論点が浮上し、天皇制軍国主義全体にメスが入ることになります。「天皇陛下(国体)に対する国民の戦争責任」から「国民に対する国家(国体)の戦争責任」という風に発想は変わり、天皇は免責されたものの東京裁判そのものはそういう方向に流れていきました。(東京裁判そのものの問題性はここでは言及しません)この図式は、そのまま日本国憲法および教育基本法にもあてはめられました。教育基本法の争点となった「不当な支配」についても、もとの法律が「国民全体」に責任を負うものになっており、国家の不当な圧力を排除するものとなっているのに対し、改正案は国家の統制を前提として「不当な支配」を排除するものとなっています。これは、「戦争を邪魔した非国民」をそのまま「国家の教育を邪魔する反体制派」にあてはまる構図となっています。アベにとっては、憲法・教育基本法の思想そのものを排除しなければ祖父岸信介の汚名は晴らせないことにもなります。「自主憲法制定」運動の中心は常に岸であったことは、私の記憶にも残っていますし、中川一郎や石原慎太郎が「青嵐会」なる組織でその旗振り役をしていたこともよく覚えています。「戦後体制の否定は、戦争責任論の転換にもつながる」そういう意味で、今回の教育基本法改悪は「あの戦争をどのように総括するか」という意味でも重大な問題が含まれているような気がしてなりません。
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Commented by 通行人 at 2006-12-17 02:51 x
教育基本法の改正と戦争責任論という切り口、斬新な視点で面白く読ませていただきました。しかし安倍晋三が祖父の汚名を~のくだりを拝見いたしますと、少し穿った見方だなとの感想を禁じ得ません。改正論議自体は彼が一代議士時代から始まっている訳ですから。やはり法改正のマグマとしては、過度なリベラリズムを中立な位置に戻そうとの意識が働いていると見るべきだと思います。当然基本法改正は現在の教育問題解決にはつながらないとの批判はあるでしょうし、私自身も実際そう思っています。しかし、現代の拝金主義、利己主義、無責任・無秩序については何らかのタガを嵌めるべきではないでしょうか。最低限の躾もできてない親から育った子供達が先生達を苦しめていませんでしょうか。そうした危機意識がこの法改正の動機になっているのだと私自信は信じているのですが。
Commented at 2006-12-18 19:02 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ska37o at 2006-12-20 12:18
 この影響が子どもたちにどのようにでてくるのか?「新しい学力観」がはびこった10数年前から今の子どもたちにでた影響は,「低学力」と「格差」だと思います。本当にこれでいいのか改正論議!と思います。
Commented by yksayyys at 2006-12-21 00:15
通行人様へ 以前、このコメント欄に意見を書き込んだのですが文字数が多すぎて結局断念しました。今回は端的に述べたいと思います。
家庭の問題は、教育基本法を変えたい人たちにとっては「付け足し」だと思います。やはり、「愛国心」と「不当な支配の排除」が目的なのは確実です。不当な支配は「教員組合」のことでしょう。国会を通過した後の首相談話でまず「戦後体制からの脱却」をあげたのも、そういう意味からだと考えられます。改憲案に「環境権など新しい権利を」などともっともらしい意見を付け加えるのと一緒で世論誘導のための小手先だと思います。そういうことは、基本法(憲法を含む)でなく下位法や施策で対応できることですから。通行人様のおっしゃる「現代の課題」からの要請ではなく、やはり自民党結党からある「自主憲法制定」という党是の実現を図ったのが正直なところだろうと思います。「占領による呪縛」を解きたかったのかもしれません。
by yksayyys | 2006-12-16 10:21 | 社会 | Comments(4)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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