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アマノジャクはこう考える

郷土史の常識を疑う

 隼人文化研究会は黎明館学芸員講座と共催でした。講師は黎明館学芸員の内倉さん。会場は平均70歳近い人々でぎっしり埋まっていました。歴史に興味があるのは年寄りぐらいなのか、あるいは若者は土曜日の午後にこういうところに来ないのか、とにかく40歳未満はゼロに近いようでした。最初は眠たかったです。「大石兵六夢物語」についての話しでした。現在溝辺のR中にいるMさんの先祖が原作者なのですが、鹿児島のみなさんにとってはセイカの兵六餅の兵六の物語と言ったほうがわかりやすいでしょうか。どんな話なのかは知りませんでしたが、資料にあった絵図や文献を読むと妖怪がいっぱい出てきて意外に面白い愉快な物語のようでした。講師は「物語はもうみなさんご存じでしょうから」と言っていましたが、おじいちゃんおばちゃんはみんな知っているんでしょうね。そっちの方が驚きでした。話は後半の方が面白かったです。まずは、鹿児島の三大行事の解説でしたが、「曽我どんの傘焼き」が薩摩の伝統行事だというのは「断定できない」ということでした。物語を読むのは流行っても、ああいう傘を焼くという行為は明治に入ってからではないかということでした。だいたい、曽我兄弟の時代の傘は「箕傘であって和傘ではない」という話しや「燃やして松明につるのは敵の方で曾我兄弟にとっては暗闇の方が都合が良かったはず」という話しなど「そういえばそうだ」と納得することばかりでした。
 あと「郷中教育」についても、「あれは明治の人たちが幕末を振り返って、ああだったと言っているだけで江戸時代を通じてそういうことが行われていたわけではなく、資料もない。口承に負うところが多い」と言っていました。戦前・戦中はおろか今でももてはやされている「郷中教育」が実は「本当はどうだったか」というレベルの話だったのは驚きでした。どちらにしても「作られた薩摩伝説」はまだまだたくさんありそうです。過去の「美化」を図る人たちはいっぱいいますが、鹿児島の歴史研究のお膝元でこういう研究が進むことは「歴史学」にとってとても有意義なことです。もう亡くなりましたが、「横目で見る郷土史」を書いた片岡吾庵堂さんを思い出しました。あの皮肉たっぷりの話は痛快でした。たしか指宿での歴教協だったような・・・ブログ700号記念記事でした。f0066076_7383511.jpg
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by yksayyys | 2007-01-14 07:38 | 社会 | Comments(0)