島津の別邸

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 尚古集成館に行こうと久しぶりに磯に出かけました。磯は、島津の別邸である仙巌園と島津斉彬が始めた集成館事業の中心となった工場群があった場所です。私は、集成館と鶴嶺神社にしか用事はなかったのですが、仙巌園の切符を購入しないと入館できないシステムになっていました。1000円の庭園コースか1500円の御殿コースを買わないと関連施設も見学できないようになっているのです。これは完全に観光客向けの料金設定。県内の子ども達に気楽に資料館を見学させるためにはこのやりかたをあらためるべきではないかと思いました。が、どっちにしても切符を買うしかないと悟った私は初めて御殿コースなるものを買ってみました。快晴の下、仙巌園に入ると、和服のお姉ちゃんがロボットのように正確に案内をしてくれました。このお姉ちゃんの説明とあとの資料館の説明を合わせてわかったことは、久光の息子で最後の薩摩藩主島津忠義は、依怙地なまでに「和風」「武家風」にこだわった人だということでした。屋敷もそうですが、死ぬまでちょんまげを崩さなかったことや犬追物など武士の遊びを明治の世に楽しんだりニコライ2世が来た時に武者行列を披露し自ら先頭に立ったりしたようです。解説にはありませんでしたが、相当新政府の「欧化政策」に反発していたのがわかります。その反動からか忠義の死後その息子忠重は、側近松方正義の忠告で東京に住み、イギリス風の生活様式を身につけるに至ったようです。したがって、この庭園に住んでのは実質忠義だけのようでした。あと、島津家の鶴嶺神社の境内に源頼朝の墓がありました。初代忠久が頼朝の子どもであるという説はどうやら事実ではないようですが、江戸時代にさびれた墓を島津が整備したというのは本当のようで、鎌倉にあったものをここに遷したようでした。まあ、多宝塔ですのでいくつもあったんでしょうけど・・
 いやあ、それにしてもすごい人出でした。鹿児島にこんなに観光客がいるのはここ磯庭園と知覧の特攻平和会館くらいでしょうね。おみやげに、古い写真の絵はがきと江戸時代の九州地図を買いました。誰に?自分にでしょうね。
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by yksayyys | 2007-01-20 23:39 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


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