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アマノジャクはこう考える

文体と修正

 学会論文の書き直し要請の中に「と考えられる、と思われるのように曖昧な表現が多い。である、といえる。のように断定的表現が望ましい。」というものがありました。文体の問題なのですが、大学院時代使うようになったのがこの「考えられる」「思われる」で、修士論文ではこれを多用していました。が、短い論文の中ではそれの多用はよくないようです。個人的には好きなんですけどね。Um先生の「論文を書く時は低く飛べ」という忘れられない指摘にも合っているような気がしたのですが・・・・これも、年齢と経験に合った「文体」が必要ということなのかもしれません。あわててあちこちの学会誌を引っ張りだしましたが、みなさん「である。といえる。」ばかりのようです。ただ、私は「修正」作業は嫌いではありません。「直してよくなる」という過程はとても充実したものを感じます。これは、プクプクさんたちと頑張った「夏・冬休みの友」編集会議の経験だろうと思います。自信を持って持ち込んだ文章をあれこれ指摘されるのは最初はあまり愉快なものではありません。最後まで不愉快にしている人もいましたが(笑)・・・しかし、直していく過程でみるみるうちに文章がいきいきしていくのを感じると、「共同作業ってやっぱりいいなあ」と感じてしまいます。基本的に私は「ひとりが好き」ですが、仕事や研究は「共同」の良さも実感しています。「磨かれる」って感じかな・・なーんちゃってね。
 さあ、論文に戻ろう!
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by yksayyys | 2007-04-18 02:46 | 社会 | Comments(0)