ヒノクマフィールドワーク 最後は東福城

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 昨日、妻の実家から帰ってきました。が、まだヒノクマフィールドワークの筋肉痛がとれません。やはり歳なんでしょう。さて、間があきましたが、ヒノクマフィールドワークの最後は八代を北上した松橋という所でした。そこのショッピングセンターで地元の学芸員の方と待ち合わせをしました。が、そこでハプニングが起こりました。昨夜800円(40円割引してもらった)で購入した「LOVE&PEACE」の帽子がないではありませんか。思い当たるのはただ1カ所。昼食を摂った寿司屋だけ!かねて帽子をかぶることのない私はそこに忘れてきたのです。せっかくここまでノーミスで来たのに・・・・・参加者一同の爆笑を誘いました。やむなくそこで400円の「おやじ帽子」を購入して間に合わせました。あーあ!!その時の様子はぷくぷくさんのブログに詳しく書かれてあります。
 さて、肝腎のフィールドワークですが、この後、薩摩藩が参勤交代の折りに休憩をとったという浄土真宗のお寺を訪ねました。数千人という薩摩の一行をこの辺一帯で迎えたのでしょう。右の写真は、薩摩藩が通った「薩摩街道」と呼ばれる道です。ただ、あとになって疑問がひとつ。なぜ一向宗禁制の薩摩藩がこの寺で休憩したのか。たぶん、この時代は別の宗派だったのではないか。???????その時聞いておけば良かった。
 私が感心したのは、この講師である学芸員の方(左の写真のヒノクマ先生の横にいる方)の熱意でした。彼は、東福城の保存に全力をかけているようでした。新聞にも「保存の必要」を訴えたようですが、投稿後は無言電話や抗議の電話に悩まされたとのことです。たしかに貴重な城にもかかわらず、外郭には住宅が建ち並び、内郭の中心はゲートボール場になっていました。おそらく、孤軍奮闘状態なのでしょう。そのせいで説明にもかなり熱が入っていました。暑さと疲労が最高潮の中、野原の真ん中で立ちっぱなしで30分の説明を受けている時は、正直言って「車に帰りましょうよ」と言いたい気分でした。その後、竹崎城(竹崎季長の城と言われているが、実はウソ)から展望講演をまわって最終日程は終了しました。いやあ、グッタリでした。知力と体力の消耗の中、鹿児島へと向かいました。
 参加者の皆さん、こんなもんでよろしいでしょうか。
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by yksayyys | 2007-08-15 07:31 | 社会 | Comments(0)