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アマノジャクはこう考える

串良から志布志へ

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 12日、甥っ子を志布志高校まで送る途中、串良の特攻基地跡を訪ねました。知覧同様、平和公園と名付けられていましたが、想像以上に立派な作りで、慰霊碑もいっぱいありました。本土決戦においてこの大隅半島は「最激戦地」と位置づけられ、特攻基地が網の目のようにめぐらされていました。そして、多くの若者がその犠牲となりました。そのひとつがこの串良です。その後、志布志に向かいながら、志布志の戦跡を書籍で探っていたところ甥っ子が「日本史の先生が授業中、フィールドワークで防空壕跡を説明してくれた」と言い出しました。甥っ子は現在大学生ですが、この先生の影響で日本史だけは教員免許を取りたいと言っています。なかなか高校にも人材はいるんですね。志布志は敵上陸の前線でしたので総延長16キロにおよぶ広大な地下壕が掘られたと言われています。2千人の人間を収容していたといいます。埋もれた戦跡、「俺は忘れないぞー!!」
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by yksayyys | 2007-08-15 19:05 | 社会 | Comments(0)