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アマノジャクはこう考える

「 条件は揃っていた 」

 浜園さんは訓練機関が短かったとはいえ、プロのパイロットであり、台湾、フィリピン戦線で実戦経験を積んでいた。しかし、戦争末期に特攻隊に来る者には若い未熟な者が多かったという。学徒兵に師範兵、この人達をさして「死ぬ条件が揃っていた」という。「技術がないうえに、飛行機はオンボロばかり、しかも爆弾を2つも積まされる、こりゃあ死ねと言っているようなもんですよ。」本来、250キロ爆弾は1つしか積めないのだが、特攻隊は2つ積まされる。当然重量が増し、操縦は困難になる。その状態を浜園さんは「自転車の前に子どもを乗せて荷台に奥さんを乗せて運転しろということですよ。」と言った。そして、大西瀧次郎らの名前をあげ「ひどい作戦をたてたもんだと思いましたよ。」と言った。そして「神風」という言葉についても、「近代戦を神だのみで戦うなんて信じられない」と言った。その当時からそう思っていたという。そして、自分以上に特攻隊となった戦友の身を案じていた。「結婚したばかりの人もいてね。気の毒でしょうがなかった。」と言った。浜園さんは、軍指導部を厳しく批判し、天皇の指導力についても苦言を呈していた。総じて心情的には保守的な浜園さんであるが、「無謀な戦争を強いた」ということに関しては容赦はなかった。
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by yksayyys | 2007-08-30 06:41 | 社会 | Comments(0)