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アマノジャクはこう考える

どっちがいいと思う?西郷隆盛ゆかりの碑文?

 出版社の友人に「南洲神社の面白そうな碑を見つけて原稿にしてくれないか」と頼まれました。ここ1年ほどこの南洲神社には縁あって何度も足を運んでいただけに、すぐに2つの碑が頭に浮かびました。いちおう2つとも原稿は書きました。みなさんは、どちらの碑に興味を覚えますか?

「旅順陥落祈念塔」・・・南洲神社の本殿正面脇にこの碑があります。最初、「なぜ」と思いましたが、建立が日露戦争直後というのとあれこれ文献を読んでようやくつかめました。西郷は、西南戦争で国賊となりますが、帝国憲法発布の時に明治天皇から恩赦を受け「復権」をとげます。そして、尋常小学校の国史教科書の記述には日清・日露戦争の歴史を「征韓論」から説明します。つまり、「朝鮮人の無礼・暴虐を戒めようとした西郷隆盛」という位置づけです。大陸への膨張政策の正当化に西郷が担ぎ出されたのです。この碑は、陸軍が「初代陸軍大将」である西郷に軍功を報告する意味で建立されたのです。

「勝海舟の歌碑」・・・・江戸城無血開城の談判相手である勝海舟は西郷とは長く交友があったという。その西郷について勝は次のような歌を作った。「ぬれぎぬを干そうともせず、・・・・・・」つまり、私学校のかわいい弟子たちのために君はあえて国賊の汚名を浴びてまで、反乱を起こした。しかし、西郷は決して国賊などではない。という意味にとれる。この碑の横には、東京市から送られた記念塔もある。「東京を戊辰の戦火から救った恩人」ということで贈られたものである。上野の西郷さんもそういう脈絡で作られている。そういう意味で西郷「復権」の違う意味で象徴的な碑ともいえる。

 もちろん、原稿の文章には「美化」に荷担するようなものはありません。この原稿が載る本は「英霊賛美」批判が基調ですから!
 今年は、西郷没後130周年でした。命日には黒塗りの街宣車が多くつめかけていました。まあ、あそこはよく右翼が訪ねてくるところではありますが・・・・
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Commented by maksy at 2007-10-13 22:26
 近代国家日本の歩みに担ぎ出された西郷という姿の「旅順陥落祈念塔」に1票。靖国に祀られない国賊のまま明治天皇から「恩赦」を受ける亡き西郷が、陸軍の軍港報告碑を建てられるまでに利用される西郷。近代国家日本でそこまで利用されるのなら、奄美の近代化にも一言モノ申しておいて欲しかったな。
Commented by yksayyys at 2007-10-14 08:17
たしかに!
Commented by ska37o at 2007-10-15 11:55
 西郷の奄美での生活や様子については,歴史学習の中で,ほとんど教わらなかったですね。鹿児島ですらそうなのですから,全国的には言わずもがなですね。
 出版される本が,楽しみです。
by yksayyys | 2007-10-13 16:37 | 社会 | Comments(3)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・