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アマノジャクはこう考える

テロと東郷

 東郷平八郎についての面白いネタを見つけました。立花隆「天皇と東大」に出ていたものです。というより、歴史的事実なのでこの本によるオリジナルな発見というわけではないのですが・・1931(昭和6)年10月に「十月事件」というクーデター未遂事件が起きました。当時はほとんど隠されていた事件(陸海軍上層部がからんでいたので秘密にされ関係者の処分もきわめて甘かった)でしたが、のちの血盟団事件と5,15事件のメンバーはほとんどこの計画に加わっていたとされる事件です。どういう計画であったかというと次のようなものでした。「陸軍桜会(参謀本部の橋本欣五郎中佐を指導者とする)と民間の大川周明が中心になって立てたクーデター計画で、陸軍からは将校120人が参加し、霞ヶ浦航空隊から爆撃機を十数機を飛ばし、横須賀からは陸戦隊も参加することになっていた。まず、首相官邸の閣議を急襲して、首相以下全閣僚を斬殺する。それとともに、警視庁など20数カ所を襲撃して一挙に政権を倒すとともに、宮中に東郷元帥が参内し、新興勢力(クーデター派)に大命降下してもらうよう奏上する。」満州事変に連動して挙国一致体制を作り、石原完爾いうところの米国との「世界最終戦」に持っていこうとする壮大な計画でしたが、クーデター後の首相に予定していた荒木貞夫大将が決行直前に激怒し握りつぶしたというものでした。前述したように、東郷の役割は「クーデターを天皇に説明し理解してもらい、政権をクーデター派に渡すようにお願いする」というものである。「東郷はこの計画にどの程度関わったのだろうか」この疑問を佐藤国雄著「東郷平八郎元帥の晩年」(朝日新聞社)で確認したところ、側近の小笠原長生が決行9日前に情報を察知し、陸軍方面に連絡し、東郷にもそれを伝えたとある。つまり、「つぶす側」で動いたようである。そして、その功績から東郷と小笠原はさらに「陸海軍への勢力」を強め、陸海軍大臣の選任はおろか実質最高実力者といえる陸軍参謀総長、海軍軍令部長も一緒に替えようと画策し、半ば成功することになる。
 とにかく、クーデター派にとって東郷は「天皇に忠告、直訴できる唯一の人物」と見られていたようである。昭和天皇の教育係であり、国民的英雄であったが故に「担ぐには最適」だったということである。皮肉にも、これ以降東郷の「軍神化」はさらに進んでいく。
 ということで天気もいいことだし、子ども2人をつれて公園に遊びに行ってきます。(妻は、剣道の指導者講習会に行きました。)
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Commented by shin-pukupuku at 2006-02-12 12:08 x
東郷平八郎の力が軍部によって利用されていたということが楽しいネタで,興味を持ちましたらが,結局,東郷自身の言動ではないところが,少し残念だなあ。
by yksayyys | 2006-02-12 09:34 | 社会 | Comments(1)