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アマノジャクはこう考える

Um先生の一喝

 WB放送局さんのコメントを見て「Um先生の一喝」を思い出しました。ゼミの人は必ず何回かやられてますよね。今のIさんも相当やられているみたいで先日もUm先生が「何度Iさんを罵倒したことか」と言っていました。怖かったでしょうね。私あるいは私たちもずいぶん叱られましたね。面白いのは「バケツを持って立ってなさい」でしょうか。言われた私たちはヘラヘラ笑っていましたが、Um先生は「冗談じゃありません。本気です。」と言いました。でも、私たちはやっぱりヘラヘラ笑っていました。真面目な部分で言うと、「姿勢」や「動機」みたいなところに厳しかったですね。「何のためにやるのか」「そこまでの覚悟はあるのか」そういう問いかけの時は特に・・・・・
 私がハンセン病問題を修論に選んだ時に「あなたがこの問題を選んだのは、人権教育の推進のためか、ハンセン病問題の解決のためか?」と聞かれました。あの時Um先生は文部科学省の人権教育審議委員を始めたころでしたのでいろいろ姑息な推測をしたうえで「人権教育」と答えたらガッカリしていました。「あ、そう」って感じでした。中間面接の時に同じ質問をされた時は、「ハンセン病問題の解決のためです」と答えましたが、その時は大きくうなずきました。
 ただ、忘れられないのは1年目の夏です。突然会議室に呼び出されて「もうあなた達中学教師とは一緒にやりません。一緒にやっていく相手を選び直します。」と言われました。動きの鈍い私の研究に業を煮やしてのことだと思いました。「人生を賭けてやれ」という苦言でした。実際、その後しばらくは「院生とのつきあい」に終始した感があり、会議室のやりとりのようなメールが数人の中学教師にも届きました。だいぶショックを受けた覚えがあります。ただ、大学院修了後は何度か声がかかりました。「いじめの授業」「ハンセン病問題の報告」など!教え子の中で一番距離が近いのが呼び出しやすい理由だっただろうと思います。あとプクプクさんが選択社会の本を出した時はとてもうれしそうでした。今でも研究室の机上に置いてあります。あ、そうそうお客さんが来て県内を案内する時は「郷土資料集」を持っていきますよ。先週の木曜日も知覧や上野原の案内に使っていました。我々と呑む時は「心置きなく」呑んでいるような気もします。やはり、いなくなるのは寂しいですね。でも、鹿児島に縛り付けておくには惜しい気もしますし・・・・・3月の中旬頃鹿児島を去るということでした。
 人間、一喝してくれる人がいるのは幸せな事だと思いますね。「誰でも」ってわけにはいきませんからね!
 
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by yksayyys | 2008-02-16 17:10 | 社会 | Comments(0)