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アマノジャクはこう考える

灰谷健次郎と夏川りみ

 今日の朝日新聞の記事から二人の人物に注目してみます。灰谷健次郎と夏川りみです。共通項は「沖縄」でしょう。今の50未満の教師にとって絶対的な影響を及ぼしたテレビ番組は「金八先生」であることに異論はないと思います。同僚の中にもよく「金八先生だったら」という言葉を発する人が1人います。だったら「影響を与えた小説家は?」と聞かれたら、誰の名前があがるのか。おそらく20年前くらいだったら「灰谷健次郎」だろうと思います。「兎の眼」が代表作でしょうが、私にとっては「太陽の子」が印象的でした。特にNHKドラマであった「太陽の子」は衝撃的でした。たまたまチャンネルを切り替えていて出会った番組でしたが途中から涙ボロボロでした。「てぃだのふぁ」(太陽の子)と呼ばれた「ふうチャン」の健気な演技は当時の私に鮮烈な印象を残しました。その時はじめて「沖縄戦」という言葉を「知識」としてでなく「実感」として意識しました。「灰谷健次郎」は個性的な人物だったようです。とことん「優しい」が、とことん「厳しい」ところもあったようですし、教組運動とも距離の取り方に時期によって濃淡があったようです。ただ「熱い」人であったことに間違いないと思います。「子どもの目線」という言葉はこの人から教わったような気がします。灰谷の人生の転機は教師を辞めて旅行した「沖縄体験」だと言われています。「残酷きわまりない沖縄戦を経験したからこそ得られる沖縄のおじい、おばあの優しさ」!それを知ったことが大きいと本人は言います。このセリフを3年前にも聞きました。私が甑島にいる時に「心友」と言えるおばあちゃんがいました。戦後の生き字引のような方で「思想の科学」などにも執筆するキャリアウーマンの先駆者のような方でした。その女性が「終の棲家」と期待した甑島に別れを告げ、沖縄の北部に居を構えました。私は3年前その女性を訪ねましたが、その時そのセリフを耳にしました。昨年の11万人集会にも参加したことが年賀状に書かれてありました。・・・・・・・夏川りみも今朝の新聞で目にしました。「涙そうそう」のヒットで多忙を極めた彼女は今年方針をめぐって事務所と対立し、事務所を移籍し沖縄で数ヶ月「休養」をとったそうです。そして、沖縄の地で実家のお店を手伝いながら自分を取り戻したそうです。鹿児島のMBCラジオで聞いた話ですが、夏川さんは「演歌もポップスもとにかくべらぼうに歌がうまい」のだそうです。そんな彼女が「涙そうそう」のヒットを経て「自分は何を歌えばいいのか」を地元沖縄でじっくり考えたという事実を知り何か重たいものを感じました。
 実感はないですが、私も祖父は沖縄出身!初任校が奄美だったせいか「沖縄」は常に心の中にあります。ブログ仲間のプクプクさんとは「沖縄平和学習旅行」で多くを語り合いました。sk370さんとWB放送局さんは琉大卒!sk370さんに至ってはカラオケでは「沖縄ソング」オンパレードです。「沖縄を語ることによって何を考えるか?」古くて新しいことを考えさせられた今日の朝日新聞でした。
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Commented by WB放送局 at 2008-02-17 12:06 x
私は、夏川りみさんのように才能をもった存在ではありませんが、「自分は何を歌えばいいのか」と彼女が自らに問うた事実には、私は共感する部分を感じます。
灰谷作品。私は教員になってからすぐ、読んでは買い・・・を繰り返しました。最近、年々本棚の端に移動していって今日確認したら予備棚に!でも「太陽の子」「兎の眼」はじめ、「ワルのポケット」「砂場の少年」など裏解説読み返すと、また読みたい、というか読んでおきたいと思いました。「沖縄」から離れたコメントになってしまいました。すみません!
Commented by ska37o at 2008-02-19 14:52
はぁ~い!沖縄県をもっと知ろう学ぼう推進委員(笑)でーす。
役回りのようです。
by yksayyys | 2008-02-16 20:23 | 社会 | Comments(2)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・
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