「改造」と有島三兄弟

f0066076_17404235.jpg戦争遺跡を探るため昨日の午後からさつま川内市にフィールドワークに出かけました。土地勘のない私は「とりあえずヒントを探そう」と歴史資料館に出かけました。ヒノクマフィールドワークの記念すべき第1回目の訪問地です。案の定、そこで重要な資料を発見しほどなく取材に出かけることになりました。その取材の前に数年前に開設された「川内まごころ近代文学館」をのぞいていきました。ここのウリは「有島三兄弟」と「改造社の山本実彦」です。まず2階の「有島」コーナーを見学しました。参観者は私1人。どこもこういう資料館の運営は大変なんでしょうね。「有島コーナー」は三兄弟の中の一番下の里見弴を重点的に展示してありました。個人的には有島武郎に興味がありましたが、結果的には予備知識の少なかった里見のことがいろいろわかって収穫でした。ちょっと時代を遡れば「堂々たる文豪」だったんですね。小津安二郎の映画の原作を書いたり、多くの戯曲を残していたりとなかなかの多才ぶりと「戦争中の隠遁ぶり」に好感を持ちました。もうひとつのウリは改造社の山本実彦!私としてはいちはやく左翼の出版を手がけ「マルエン全集」などを世に出し横浜事件という冤罪を被った知識人というイメージでしたが、結果として残念な展示内容でした。まず、そういう左翼的なつながりはほとんど説明されていませんでした。それどころか「改造に執筆する人は思想的にはっきりした人物は少なかった」などという事実無根の解説がされていました。どうやら、白樺派などの文学者との交流のみを紹介したいようでした。「そういうことか」と帰ろうとしたところ、これまでの「改造」の表紙がいくつか飾られているのに気づきました。その中には、社会主義的、反体制的な「特集」もありました。が、この写真のようなものもありました。ほとんどが西暦の記述の中で、これは紀元「2601」年とありました。山本は戦後公職追放にあいます。そう、戦時中は「転向」したのです。この資料館を企画したものにとっては「容共」こそが「転向」なのでしょうが・・・・・皮肉なことに2階の里見のコーナーに「戦時中の文学者たち」という展示があり、文豪たちが戦時中、時局にどのように対処したかが書かれてありました。なかなかいい展示でした。「戦争と知識人」の関係をさぐる意味ではけっこういい資料館かもしれません。
[PR]
by yksayyys | 2008-05-18 18:54 | 社会 | Comments(0)

ちょっとすねた感じでこの世を眺めてみると・・・


by yksayyys
プロフィールを見る
画像一覧